2020年8月30日日曜日

冬も終わり

 今は8月30日、玄関の、温度を調べると何と34℃。冬から春どころか夏の天気。明日からは最高20℃以上の天気らしい。最低も13℃以上、リウマチで痛かった指も少しは和らぐだろう。



昨日まで簡易暖炉を炊いていたので近所の倒れた木をまきにするようにと娘夫婦は今日も朝から出かけた。来年の準備にと、ここ、一週間は毎日のように木切れや倒れた木の幹や枝などを集めてきている。当然私も貸し出されている。

小屋の中のまき

大きいのは未だほかの所にも置いてある。
緑の小屋は霜を防ぐ簡易温室となっている。




エスピリトサント州から持ってきた蘭たち、ここは寒いので花たちを保護しなければならない

今日は面白いものを見た。
今日娘たちが採りに行った幹を切ってみると何と34cmの短い幹の上下で一方は一つの年輪だが何と反対側は五つの年輪が付いているではないか。今までまだこんなのを見たことがない。つまりここから5つの枝に分かれたのか。非常に興味あることではじめは信じることが出来なかった。











2020年8月7日金曜日

霧の大惨事


8月2日、日曜日は朝から深い霧がかかっていた。珍しいので家の玄関から写真を撮った。
今までに見たこともないほど周りは真っ白になっている。

朝のコーヒーを飲んでいるとテレビのニュースがかかってパラナ州のCuritiba近くで22台の車が衝突して8人が死亡、26人がけがを負ったとのニュースが入ってきた。死者は18才から26までの若い人達が7人で52才の人が一人、負傷者は26人ということであった。

視界が悪いので乗用車の人たちはチョットぶつけたり止めたりしていたところをトラックが
止めきれず大惨事を起こしたらしい。

それから三日ほどは朝から霧がかかっていたが今はなくなった。



2020年7月31日金曜日

まだまだ寒いクリチーバ




このところまだクリチーバは寒さが残って昨日は最低気温は6度。朝は一番寒いので起きると簡易暖炉に火をつける。早く燃えつくようにと古木に油をしめらし、やはり簡易ふいごをあおぐ。そうこうしているうちに昼(?)になる。



夜は早く布団にもぐりこむ。2リットルの殻になってるコカコーラのプラスチック製のびんに70度くらいのお湯を入れそれを布のカバーに包んで布団の中に入れる。娘が私に作ったものだが結構一晩中もつ。日本にいた時はカメの甲羅みたいな瀬戸物の湯たんぽを使っていたのを覚えている。このプラスチックでも結構丈夫で重さも手ごろで毎晩助かっている。

右にある袋は米が入っていてどんな形にでもできるので私の場合はリウマチで寒さで指の動きが鈍いし痛いしなので朝起きる前にこれを3分ちょっと電子レンジで暖める。それで手のひらの裏表を暖めると指を曲げてもそんなに痛くならない頃起き上がる。
朝のコーヒーはこれなしでは始まらない。

2020年7月10日金曜日

Geada 霜


この頃はまた寒くなったので9時過ぎに起きる。いや目は覚めているのだが寒いので布団から出たくない。朝のコーヒーはベッドの背にもたれて布団を膝にして飲んだり食べたり。
どうも行儀が悪いのだが年を取るとしょうがない。

今朝はちょうどいつもの朝のコーヒー中、妻が上の写真を撮ってきた。「霜が落ちているわ。もう9時半よ」「なぜ、早く教えてくれないのだ」と文句を言う。

私がジャンパーなどを着て外に出た時は写真を撮っても霜の白さが薄くなっていたので妻の写真を拝借することにした。今年はここは空気が冷たいような気がする。

前居たエスピリトサント州は冬の最低気温が14度だったのでここの寒さ(?)にはこたえる。
ここパラナ州はこれまでに数回霜がおりた。






2020年6月13日土曜日

UNIDADE INTENSIVA - DR. MAURICIO NAOTO SAHEKI


尚人の医師としての実績を称えてリオ州立病院サンセバスチャン病院 (IEISS) から感染病棟の呼び名をこれからは "UNIDADE INTENSIVA  - DR. MAURÍCIO NAOTO SAHEKI" とすると Tecnical Director の Vitor 氏から連絡があり写真を送っていただきました。



今はコロナウイルスで旅行はちょっと難しい状態なのでもっと先に状況が許せば必ず訪問してお世話になった人たちにもお礼を言いたいと思っています。

2020年5月31日日曜日

鯉のぼり



このおもちゃの鯉のぼりは4月の末尚人の姉理奈が「5月は男の子の月だからね」と言って家の前に飾り付けたものである。その時尚人はすでにコロナウイルス重症にかかっていた。家のみんなを元気づけるために飾ったのだとは誰もが知っていた。
どんな結果でも良い、ただ生きてさえいてくれればとみんな祈っていただろう。

ブラジルはまだまだコロナウイルスが衰えそうもない。今日理奈がクリチーバから帰ってきてマンションの近くの焼肉の食堂がお客さん一杯で誰もマスクをしてなかったとがっかりした様子で私たちに知らせてくれた。政治家たちの間でも意見がちがっていてまとまりがない。果たしていつになったら希望の灯が見えるのだろうか。
明日からは6月、尚人が私たちが平常の生活に戻るよう励ましていてくれているような気がする。

そうだ、尚に負けないように明日は鯉のぼりを取って、明るい顔を見せよう。