別に黒澤明の映画について語ろうというのではありません。これは妻の友達で近所に住むパウラが語った彼女の母親の話です。パウラはバイア州生まれできょうだい五人の長女。小さな町外れの飲食店で働いて家計を助けていました。父親は彼女が小さい時になくなり一家の食べるものと言えば彼女が店で残ったものを持ち帰るものだけでそれを幼い弟や妹たちが首を長くして待っていました。
近くには当時工場建設現場で働く人たちの宿舎があり夜になるとその飲食店はかなり賑わっていました。 今は彼女の夫となったセルジオも常連の一人でした。いつも彼女はセルジオに笑顔で応対していました。いよいよ工場建設も終わりセルジオが郷に帰る日となりました。「今日は思い切って言おう」 彼は心に決めていました。食事も終わりパウラがいつもの笑顔で近づいてきました。「あーあ、今日で君が作るのを食べるのは最後になったな。君ずっと僕のために食事を作ってくれないかなー」プロポーズとは気がつかなかったパウラ 「そうね、私もそうしてあげたいけど」。それを“OK”ととったセルジオ、善(?)はいそげ!と、「それじゃ、君のお母さんに話しに行こう」若いパウラ、まだ良く話を飲み込めないまま 「ええ」と返事をしました。
彼女の家に着いた二人。セルジオは母親にパウラが好きで結婚したいと申しでました。彼女の母親あわてず娘を隅に呼び 「お前あの人をどう思っているのだね」「それはいい人だわよ、でも私が出るとまだ小さい弟や妹たちがいるし、、」、「女は望まれている時が花なんだよ、後のことは心配しないでいいから行きなさい」、話はとんとん拍子に進み深夜のバスで二人はセルジオの郷へと帰って行きました。さて結婚届けを出そうとしてはじめてパウラが出生証明書をもっていないことがわかりました。何しろ15年前にさかのぼってのこと登記所との交渉や特別費用の支払い等で彼女の出生証明書が出来上がりそして結婚届けをだすまでには一年以上かかりました。
いまだにブラジルの田舎のほうでは交通の不便や費用を払う金がないとかで出生証明書をとってない人がいます。政府もこれをみかねて現在は出生証明書の取得は無料となっています。パウラは結婚後立派な主婦として夫を支え子を育て兄弟にも手を貸しています。最近は習い覚えた趣味と実益を兼ねた色々な手芸や菓子作りをしながら生活をエンジョイしています。一応これで一件落着と思いきや、さていつものようにこれからが本題です。
バイア州に住むパウラの母親が病気になりました。田舎では十分な看病ができないのでパウラが自分の所に呼び寄せ夫が彼女の母親のために払っている医療保険がきく病院に入院させました。母親は今まで田舎から出たことはありません。大きな立派な病院でびっくりしていました。入院した翌朝、目を覚ました彼女独り言で「あれっ、自分はいまどこにいるのだろう? 天国なのかしら?」、それを聞いてちょっと離れて本を読んでいたパウラ 「お母さん、何言ってるのよ病院じゃないの」、「だってさ、白いきものを着た人がそばに立っていたからてっきり天使かと思ったよ」、「看護婦さんよ」、「それでもさお前、自分で食事を作らなくてもおいしいものはでてくるし、きれいなシーツにとりかえてくれるしさ、テレビがありクーラーもきいているし私にとっては本当に天国さ」。
本を読み終え廊下に出たパウラの耳に隣の病室から不機嫌な調子で聞こえてきたのは 「なんだここの食べ物は、塩はきいてなくてまずいし、この四角い部屋に閉じ込められてまるで地獄だ」。
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