2013年12月26日木曜日

サンタはいない


久しぶりに長男の尚人(なおと)が正月に帰って来るという。リオの国立病理学研究所に勤める傍ら週末と休日には公立病院の救急センターで働いているので休みが取れないというのでここ数年家に帰ってきてない。
飛行場に迎えに行くから30日の何時に着くのか知らせるように言ってあるのだがなかなか知らせない。しびれを切らせた妻が昨日電話した。これは尚人の奥さんダニエレ と妻との会話である。
「今日朝早く主人が起きてきていきなり言ったの“サンタクロースはいないというのが分かった”と。どうしてと聞くと“昨日の夜サンタに80インチのテレビを頼んでいたのだが来なかった”と言ったの」
「子供の頃は何かほしいものはないかと聞いてそれを買って枕元においてたからね。しかしなんて冗談を言うんだろうね」
「それがあまりがっかりした様子なので昨日からクリスマスイブの夜食を一緒に過ごそうと来ていた私のおばあちゃんが“プレゼントに買ってやりたい”と私にささやいたの」
「そうだね、おばあちゃんは尚人びいきだからね」
「テーブルを片付けていてそれを聞いていた私の母がどの位するのかインターネットでしばらく調べたの。だってブラジルではまだ生産していないらしいの。“正式なサイトではないけど約40.000Reais(約17000ドル)くらいするよ”とびっくりした様子で私にそっと言ったの。どこからそんなお金が出るというのよ。わずかな年金くらしのおばあちゃんにはかわいそうだけど無理だよ。」
「へえーそんなにするの!、私はそんなのがあるなんてことも知らなかったわ。あの子この頃よくとんでもない冗談を言って人をからかうようになったわね。小さいころは家で本ばっかり読んで口数も少なく百科事典を読むのが趣味で、歩く百科辞典て呼ばれていたのよ。あなた、呪文に縛られていたあの子を解放したわね」

横で聞いていた私はそれこそ腹を抱えて大笑い。
到着時間は後でダニエレがメールすることとなった。


2013年12月22日日曜日

エスピリトサント州の水害被害


今日も雨は降り続いている。エスピリトサント州各地で川の氾濫や排水処理の不備な所で多くの家が浸水の被害を受け約25.000人が避難しているという。雨は止みそうもないからますます被害は大きくなる。先ほどテレビのニュースで流していたが大雨の数は10年単位で調べるとどんどん増えているという。地球温暖化の影響だと専門家は解説していた。一昨日ヴィトリアに住む下の息子の家に寄ってみたが前日の仕事の帰りは膝まで浸かっての帰宅だったと言っていた。海辺の街は埋め立てして造った地域もあるので満潮と大雨洪水が重なると被害が大きくなる。
私たちの家は海抜30m。近所の水はけの悪い所や低い所に水たまりはあるが浸かることはない。しかし困るのはアスファルトの層が薄いので重い車の通った後に穴があちこちにあきそれが泥水にかぶされると分からずに車がガクンと落ちてしまう。公共工事の手抜きがこんな時に暴露される。

昨日、海の近くの知人から電話があって家のすぐ近くの州道ES10が通れなくなっているのでこちらの方には来ないようにと連絡があった。それが上の写真である。海のすぐ横の道で昨日の夜は雨が降っていて見通しが悪くおまけに交通止めも何の信号もなかったので車がそのまま突っ込んで破損した様子がテレビに映っていた。幸い運転手にけがはなかったようだ。


このエスピリトサント州に降る雨、もとをたどればアマゾン地方の大西洋の湿った空気がアンデス山脈に当たりそれがアンデス沿いに南下して途中でカーブを切って大西洋に向かってミナス州を通りちょうどエスピリトサント州(くらいの幅)で大西洋に出る。この現象を気象学的にZona de convergência do Atlantico sul と呼んでいる。だからここでは大雨でも他州では天気の時が多い。テレビでこの現象を説明しているとき思い出すのが以前NHKで見たヒマラヤ山脈と日本の気象との関係。インド洋の湿った空気がヒマラヤ山脈にあたりそれが東にそれて日本に行くという話。これは全くの驚きであった。

2013年12月19日木曜日

和食、ユネスコの無形文化遺産に登録される

今月アゼルバイジャンで開かれたユネスコの会議で和食(日本食)が無形文化遺産に登録された。世界中でブームともいえる現象で日本食が広まっているのとは反対に日本国内では家庭内でも日本食は減少の傾向にある。日本の若い層に好まれる三大人気メニューはハンバーグ、ライスカレー、スパゲッテだそうだ。一方こちらサンパウロ市ではブラジルの一番人気のバーベキューレストラン数は500店舗で日本食レストランはそれを上回り600店舗あるという。驚きだ。
ここ日本人が少ないエスピリトサント州でもあちこちに新しい日本食レストランが開店している。たまに入ってみるがこれが日本食かと疑うようなものまででてくる。日本食の定義はあるのだろうか? フランスの食文化も無形文化遺産に登録されているがどう取り扱われているのだろうか? 今までは日本食レストランが増えるのはうれしかったがこれからは日本食の質と量のバランスをどうとって無形文化遺産としてのレベルを保っていくのか? これからが大変だ。
日本食ブームを後押ししたのが2002年学術誌に発表された伝統的な日本食のだしに使われる昆布やかつお節に含まれるうまみ成分は味覚であると立証されたからだそうだ。それで外国のシェフたちもこれを求めて日本食を研究しいまではその土地のものからうまみ成分を引き出そうとしている。
我が家では子供たちが一緒に住んでいたころはブラジル食と日本食の割合は6対4くらいだったが今は3対7くらいで日本食の方が多くなってきている。おばあちゃんから日本食を受け継いできた妻は大豆を買ってきて味噌や豆腐を造る。醤油は今やブラジル人の家庭でも調味料として親しまれておりどこのスーパーでも売っている。最近ではブラジル産の日本米が近所のスーパーでも売っている。これは日本食ブームのおかげか。エスピリトサント州に移ってきた36年前は日本米を売っているところはなくブラジル米はポロポロしているので休暇でサンパウロに行ったときにもち米を買ってきてブラジル米に一握りのもち米を入れて少し粘りを出して食べていた。何とか工夫してこちらの食材で日本食に近くならないか妻も盛んに試していた。その中でも味も食感もよいのは今でも我が家の自慢の定番になっている。
日本をはじめ中国や韓国の食材までそろうサンパウロ市内の東洋街、値段も手ごろで誰でも手の届く所にありなんでも好きなものを選んで食べれる時代になった。ここエスピリトサント州の我々はその恩恵はまだ受けてないが少しづつオプションも増えてきている。それとこの土地の郷土料理にも慣れ舌鼓を打っては外に出て自慢している自分を発見する。

味覚は人それぞれ違う。自分で美味しいと感じながら食べることの幸せをこの頃味わっている。そして今このポストを書きながら自分に合ったエスプレッソコーヒーをいれて飲み幸せな気分に浸っている。

2013年12月8日日曜日

2014年ブラジルW杯グループ抽選会


一昨日ブラジル・バイア州のSauipe で2014年ブラジルW杯のグループの抽選が行われた。ブラジルはA組でクロアチア、メキシコおよびカメルーンと組む。まず予選突破は大丈夫だろうとはmediaと国民の総意。しかし監督は油断大敵と警報を鳴らす。
日本はC組でコートジボワール、ギリシャおよびコロンビアと組む。この組み合わせが決まった瞬間日本の一次リーグ突破は大丈夫だなと私は思った。選りすぐられたW杯の出場チーム、油断はできないし運も大きく左右する。さらに今回は大陸ともいえるブラジルの国土の広さからくる熱帯から温帯にわたる気候の変動(特に暑さに注意)それに移動の大変さ。つい昨日も日本対コートジボワールの試合も何時間か遅く始まると修正された。
スタジアム(今はアリーナと呼ぶようになっているが私はArena というとすぐローマ時代の闘技場が頭に浮かぶのでスタジアムで通している)の場所から見ると一次リーグの日本の3スタジアムは暑い地方だ(Recife, Natal, Cuiabá)。一方韓国は南の涼しい地方で2試合ある(Cuiabá, Porto Alegre, São Paulo)
日本チームには暑さ対策が重要性をおびてくる。
この会場で司会を務めたのがモデル(の時代に5か月日本に住んだこともある)で女優で番組の司会もこなすFernanda Lima. 彼女の現在担当しているテレビ番組は木曜真夜中の”Amor & Sexo”(Love and Sex)という番組。まあ時間帯からして大人の番組なのだが、彼女きわどいシーンもサラリと軽くコミカルにかわし安心してみれる。時々隣で見ている妻に「この場面日本だったら絶対に見れないな」と私がコメントする。Fernanda Lima、このW杯抽選の司会で世界中に映像が配信され人気が上がるのではと期待している。

もう一つ、さすがブラジルと思わせたのがあのカラフルな公式サッカーボール。緑の芝生の中に溶け込んでしまうのではと心配になった。

追記:このポストを書いた翌日、何かが頭の隅に引っかかっているのに気づいた。何かをこの抽選会の日のポストに一緒に書こうと取っていたのがある。その時妻にも言っていたので何か思い出してくれないかなと聞こうとした瞬間に思い出した。
抽選会に参加するべくFIFAの役員や過去の優勝国のキャプテンそれに参加各国の関係者も数日前からブラジルに来ていた。FIFAはスタジアムの進捗状況が気にかかる。そこでブラジルの責任者であるスポーツ大臣がこう説明した「なんで皆さんが気にかかっておられるのか私にはわからない。私は何十度も結婚式に出席したが花嫁はいつも最後に出てくるそして全て素晴らしい結婚式でした。」なんと彼はスタジアムを花嫁にたとえたのである。どこの国でも同じでしょうが花嫁はみんなが教会に集まり花嫁を今か今かと待ち構えてざわめいている時に結婚行進曲(やカップルが気に入った曲)で父親に手を引かれて入ってきてクライマックスに達する。ほとんどがその時は少し時間をオーバーしている。しかし誰もそれを気にしていない(確かに)。
「ブラジルでの結婚式、いやワールドカップは最高だったなー。」そう言ってもらいたいものだ。


2013年12月7日土曜日

人魚姫は百万長者?



恵美は家に来てエネルギッシュに遊びまわり汗をかくとその後必ず風呂に入る。子供用に買った小さいプラスチックのたらいに太陽熱で温まったお湯を入れてやるとおもちゃの動物を浮かべて20分くらい遊ぶ。それから私たちを呼んで人魚(Sereia)のショーを見せてやると言ってせまいたらいの中をすばやくまわる。うまく回るもんだと感心してほめると何回でもまわる。
風呂の後はテレビを見ながら寝転んで妻がゆでた大きなとうもろこしにかぶりつく。ブラジル語でとうもろこしはmilho、そして大きなとうもろこしはmilhãoとなる。これは百万のmilhãoと同音異義語。

タイトルの"人魚姫は百万長者? "はこうして生まれた。


2013年11月25日月曜日

恵美の初飛行


息子正人が彼の姉理奈が住むクリチーバに家族旅行に出かけた。11月17日はクリチーバで国際マラソンが行われる。ちょうど有給休暇がマラソンと重なったのでまだ行ったことのないクリチーバに姉訪問、観光そしてマラソン参加と一石三鳥の旅となった。しかし旅行の二〇日前頃足をくじきマラソンは止めて10キロコースを夫婦で走ることとなった。観光スポットを結んだコースなので後であそこに行ったかあれを見たかと聞くと建物の中には入らずともブラジルで一番ヨーロッパ的で静かな町だと思ったと私たちと同じことを言っていた。
今回は恵美の初めての飛行機の旅となった。我が家は飛行場から近く、車で10分以内で着く。南からの風が吹き少し気温が下がると飛行機は家の上を通っていく。そんな時恵美が来ていると「Avião, Avião (アヴィオン、アヴィオン)」と言って上を向いて指をさす。この前なんか妻がブドウの剪定中に使っていた梯子をそのままにして食事の支度に行った時、恵美が飛行機の音を聞いて、さっとはしごを登り始めたそして手を延ばしても届かない。それに気づいた妻が走ってきて恵美をつかむ「ばあ、飛行機にはどうやって乗るの?」と聞く。「飛行機は飛行場に行って乗るのよ」。以前一緒に飛行場に行ったのだがその時はショーウインドウをのぞいてチョコレートの店に入ってねだってばかりいてぜんぜん外の様子には興味がなかった。
しかしこれは近いうちに飛行機に乗せないといけないなとは思っていた。乗ってもあまり騒がないでいたそうだ。上の写真はゲートに向かう途中に撮ったもの。
最近はブラジルのテレビでも健康番組が始まり食事や病気、運動などを説明している。それに合わせてか各地でマラソン、ハーフマラソン、10キロ、5キロなどの一般市民参加の大会が催されている。同じ日、私たちの家から2キロ弱の所にある市立公園発着で第一回エスピリトサント州主催の国際ハーフマラソンが行われた。国際とは何でだろうと思っていたらケニアの選手が出るとのこと8時発だから9時頃公園に着けばいいかなと歩いて行くことにした。夏時間とはいえ日差しが強くちょっと歩いただけで汗ばむ。1時間8分で先頭走者、みんなケニアの選手かなと思っていたらブラジル選手、2番、3番もブラジル、4番目にオートバイ2台に先導されケニアの選手が入ってきた。隣で「昨日夜更かししたんじゃないの?」とか、「ケニアの選手は2,3人で組んで走るのに彼一人ではタイミングが取れなかったのでは」との意見も。終了後のニュースでは「朝から強い日差しで暑かった」と書いてあった。
下のVideoは一番で入ってきたリオのPetropolis出身のEliezer de Jesus Santos 選手、待ち構えていた私の前をすごいスピードで走り抜けていった。 女子も1位はブラジルでケニアは2位。

夜、クリチーバに行っている息子に電話すると、クリチーバ国際マラソンではケニアの選手が男女とも優勝したと言っていた。「大会のランクと選手のランクをマッチさせているんだよ」とコメント。


2013年11月6日水曜日

ひねくれ


今週マンションのリフォームをしている下の息子正人が昨日の夜、家が埃だらけになるので週末まで見てくれと恵美を連れてきた。夜8時をまわっていたので夕食を一緒にとった。人数が増えたのでご飯だけでは足りないと妻が焼きそばを作る。息子も恵美も大好きである。焼きそばを小さい皿に盛って妻がソファーでテレビを見ていた恵美の所に持って行った。しかしそれをちょっと横眼で見て、「ばあ、ごはんはないの?」??。いつもはご飯に目もくれないくせに。焼きそばを少しけずってごはんを入れて持っていくと「なんだ、ご飯はあったの、それでは魚」なんだ大人を馬鹿にしているのか。それを見ていた息子驚いた様子で「こいつ早すぎるよ!自分の時はもっと歳がいってて何をしているか分かってやっていたのに」(つまり親を困らせていたわけだ)とちょっと心配そうな表情になり身体をぶるぶるっと震わした
そしてこんどはニヤッとして、「しかしソロカバのゼナイデおばさんにはまいったな、すべて見透かされていたから」といって話し出した。
(まだ私たちが若いころは一年に一回の一か月の休暇には車でサンパウロに行き親戚めぐりをしていた。サンパウロ市から車で約1時間のソロカバには妻清子の叔父の元軍警大佐の清さん、彼の妻ゼナイデさんの家族が住んでいる。4,5日は世話になっていた。)
ある年の正月元日のの2,3日後の夕食時、テーブルにはいろいろなごちそうが並んでいる。さっと見渡すといつもでていた子豚の丸焼き肉が見当たらない、毎日夕食にでていた時は別に気にしてなかった。そこで「おばさん、子豚の丸焼き肉が食べたい」
それを聞くと前に座っていたおばさん、僕の鼻先に指を突き刺し、にやにやしていきなり「Bingo!!!」と大きな声、「わかっていたよ、そう言うだろうと、だから冷蔵庫の中にしまっていたんだよ」と言って大きな肉のかたまりを皿に持ってきて「肉のどこの所が好きかい直ぐ温めてくるからね」と返事も聞かずにそのまま温めてきた。「いやー見事一本取られて、あまり好きでもない豚肉を食べなければならないはめになったよ」

あと、彼の「あるもの嫌いのないものねだり」ぶりを二つ三つ

サンパウロの清子の母方のおじさんの正男さんの所に寄ったときの話。私たちが行くというので魚釣りが好きな正男さん(彼はヴィトリアに二度魚釣りに来たことがある)が釣った魚が食卓に並んでいた。さっと目を通した正人いきなり「おばさん、味噌汁飲みたい」(えっ、味噌汁!、家ではいつも残しているくせに。)「そうかい、おばさん毎日作るんだけど、今日は魚のスープがあるので作らなかったんだよ。ごめんね、今すぐ作るから待っていな」

私はちょうどその日は用事があって行けなくて妻が三人の子供を連れて妻の母方の一番下のおばさんでサンパウロ市内に住むスマ子さんの所を訪ねた時の話。やはり昼食時、テーブルには手の込んだバーベキューのいろいろな種類の肉が並んでいる。正人さっと見渡し叫ぶ、「おばさん、フェイジョン(ブラジルの代表的な豆料理)はどこにあるの?」想定外の質問にとまどう妻の叔母「それはね、ちょうど5分前まではあったんだよこのテーブルに、でもね何回も温めたものをお客さんに出すのは悪いのでさっきゴミ箱に捨てたんだよ。しかしね、あんたがこのテーブルにのっているものを食べてくれるなら、デザートにアイスを好きなだけあげるよ」と駆け引きにでた。食後、近くのバールにスマ子おばさんの息子たちとアイスを買いに出かけた。しかしイチゴとココナツのアイスだけで彼の好きなチョコレートアイスは切れていた。

仕事で1年10か月ほど家族と日本に住んで、ブラジルに帰って来て1-2年後だったので1984年頃の話か。国内旅行もあまりしたことのない父母と一緒にイグアスーの滝を見に行った。ホテルはイグアスー国立公園(世界遺産に指定されている)内のホテル、滝のすぐ前なので歩いて何度も滝を見に行った。壮大な景観に圧倒された。
毎日ホテル内のレストランで昼食をとっていた。いつもデザートのテーブルにはスイカがあったが正人は一度も手を付けなかった。しかしである、最終日チェックアウトの日早めに昼食を済ませてホテルを出ようと思っていた矢先、デザートのテーブルを一目見てスイカがないことに気付いた正人が叫ぶ「スイカが食べたい!」。すばやくボーイが飛んでくる。「冷蔵庫の中に残っているのがあるかもしれない。見てきましょう」
やがて大きな一切れのスイカがトレイにのせられ運ばれてきた。正人はその大きな一切れのスイカをさぞ満足そうに抱えてホテルを出ていった。彼、当時5歳。

これもゼナイデおばさんの家で起こった話。ある日曜日の夜、遅くまで起きていたのでみんなで夜のランチでもしようという話になった。テーブルに様々な種類のパンやチーズ、ハム、Salameなどが並べられた。イタリア系のゼナイデおばさんはこういう食べ物にはうるさい。チーズの見分け方やパスタ料理のレシピなどを妻と話している。
皆がテーブルに着こうとした時、正人が叫ぶ「ソーセージが食べたい!」
妻が叔母に無視してと頼む。叔母は妻に目配りをして言った「この子が大きくなってソーセージの顔になったら困るからね。」(ブラジルでは妊娠中の女性の食べ物の願い事を聞かないとその食べ物に似た顔をした子が生まれてくるという迷信があり、この期間、妊婦は相当な無理まで聞いてもらえる。)

彼女は言った「日曜のこんな時間、店は閉まっているし近くのバールのHotdogにはきざんだソーセージしかはいっていない。しかしちょっと遠くなるけどパウロのバールは一本のソーセージがそのまま中に入っているHotgogを売っているんだよ」その話を最後まで聞くか聞かないうちに叔父が車で飛び出した。Hotdogが入った袋を手にして叔父が帰って来るや否や叔母はまだ熱いHotdog のなかからソーセージを抜き出し皿に入れ正人に言った「あのね僕、このソーセージ、しっぽまで食べないと承知しないからね」

まだまだ数えきれないほどある彼の武勇伝(??)、しかし恵美が生まれてからは人が変わり優しい責任感のある父親を演じている。