2012年6月17日日曜日

ブラジルの父の日


実は今日六月の第三日曜日ではない。北・中南米のほとんどの国が今日なのだがなぜかブラジルだけは八月の第二日曜日を父の日としている。調べてみると、もともと父の日はなかったのだが1953年ミディアの提案で8月14日家族の守り神であるSan Joaquim (聖ジョアキン)の日を父の日にしようとの商業的な呼びかけがありこれが第一回目の父の日となった。しかしこの日は週日だとプレゼントを贈り家族で集まって祝う習慣のあるブラジルではせっかくの商業的な目的が達成できないというので母の日と同じように日曜日にしようということで八月の第二日曜日となったといういきさつがある。これは制定された祝祭日ではない。現役サラリーマン時代、年の初めにカレンダーをもらうとまず休みとなる祝祭日を確認する。気がつくのは7月と8月は赤のマークの週日はゼロ。ためいきをつく。8月にこの父の日を持ってきたのは少しでも活気付けようとする試みだったのか(?)母の日にははるかに及ばないがショッピングセンター等ではプレゼントを買う人達がテレビで映し出される。目的は少しは達成できたか。
去年はこの時期ロンドンに居たのだがショーウインドーにチョコレート製のドリルの写真がありブラジルでは見かけたない広告なので文化の違いだなと変なところで感心した。

2012年6月8日金曜日

一週間遅れの母の日


この写真は母の日の一週間後に撮ったものである。
ちょうど母の日は息子のマンションのプール脇で嫁ビアンカの誕生日を私達と彼女の友達とで祝い一応「母の日おめでとう」と挨拶は交わしたのだがどうも母の日の影が薄かったので一週間後にやり直すことにした。というのも実は今はやりの共同購入のクーポンで200個のSalgadinho を買っていてそれが母の日に間に合うようにと電話をかけていたのだがその週は混んでいて取れず結局は一週間後ならOKということになっていたのでそれを利用すれば妻にあまり手をかけずに家族パーティが一週間後に出来ると考えたからである。
前日Salgadinhoを取りに行った。手渡されたときあまりの袋の小ささに驚いた。家で作るSalgadinho は親指と中指の先を合わせたときに出来る楕円形の大きさはある。それが開けてびっくり親指の先の節くらいの大きさしかない。そして割ってまたびっくり中にはオリーブの実とかソーセージの切ったのしか入っていない。これではお客さんにだせない。結局は妻が大急ぎで得意の中華まんとフェイジョアーダ で何とか乗り切った。
これは私の失敗だったが親しくしている友達の家族を呼び楽しいひと時を過ごせたことはお手柄か。

2012年6月6日水曜日

Exame de sangue


Exame de sangue

Toda vez que a netinha Emi vai para a feira tem que tomar o caldo de cana e comprar milho verde. Na barraquinha do caldo,  ela já ficou famosa como “a japonesinha”.  E o rapaz que mói a cana perguntou se toda a criança japonesa é tão bonitinha assim. Aí minha mulher respondeu  “Ela tem 50% sangue alemão”. O rapaz olhou bem para Emi e falou “Só se isso aparecer no exame de sangue”.  As moças que atendem na barraca caíram na gargalhada falando “Tu é(s) bobo memo (mesmo), vê se essa coisa sai no exame de sangue”

血液検査
うちの孫娘恵美は朝市に行くと必ずサトウキビの絞り汁を飲みゆでとうもろこしを買うと決めているようだ。絞り汁を売っている所では恵美は「ジャポネジンニャ」と呼ばれる人気者である。サトウキビをいつもそこで絞っている青年が妻に「日本人の子供はみんなこんなに可愛いの?」と聞いた。「この子は50%ドイツ人の血よ」と妻。すると彼は疑い深そうにじっと恵美を見て「そうと血液検査にでればね」とつぶやいた。そこでお客さんを応対していた娘さんたちはどっと笑い出して「あんたって馬鹿ね!そんなことが血液検査にでるとでも思っているの」






こんにゃくの花

上の写真はこんにゃくの花である。庭にある鉢に植えたこんにゃく芋からでたもので私ははじめて見た。サンパウロに住んでいたとき私の家ではこんにゃくは日本食料品店で買っていたが妻の実家では2-3年かかって大きくしたものをサンパウロの中央市場に出荷していた。そして自家製のこんにゃくを料理に使っていたそうだ。そういうこともあって35年前エスピリト・サント州に移って来てからも妻はサンパウロから買ってきたこんにゃく芋の小さいのを植えては大きくしてこんにゃくを作り私の好物の煮しめに入れたりしていた。それは今でも続いている。

今回こんにゃく芋から花が出た。妻の話によると千個植えて一つ咲くくらいのものだそうだ。約一ヶ月咲いて枯れそのあと下のような普通の芽が出るらしい。道理で私にもこれが最初のはずだ。
下のは同じ日に植えたこんにゃく芋でこれは見慣れているこんにゃくの葉だ。

私たちはサンパウロに居たときも近所でこんにゃく芋を植えている人はいなくあの食べているこんにゃくが芋からできているなんて知らなかった。初めて妻の家に行って畑を見てこんにゃくの葉とは知らず何か椰子の苗とはこんなものなのだろうかと聞くのも恥ずかしいのでそう一人合点していた。日本食が手に入りにくいここエスピリト・サント州でいつでも好きなときにこんにゃくを食べれるのは有難い(あえて漢字にしました。)

2012年5月16日水曜日

ブラジル梅


移民の郷愁は土地・人にとどまらず日常の生活の衣食住にまで及ぶ。特に食に関しては知恵をこらしての努力で似たものを追求する。

ブラジルは国土が広い。アマゾンに入った日本人移民、北東伯、南東伯、また南伯(伯はブラジルを意味する)に入った人達はそれぞれの地方で手に入るもので工夫する。例えば巻き寿司に入るかんぴょうの代用品では夕顔がない時はアマゾンの日本人会の婦人部が日本からのお客さんをもてなす食事の準備で使っておられたのはChuchu (はやとうり?)の細切りを干したもの。もうずいぶん昔NHKで見た話ではあるが。サンパウロでも同じものを使っていたように思う。最近、家ではかんぴょうの代用品としてKuruá(2008年7月9日のポスト)をあおいときにとって薄くむいて干せば夕顔のとまったく変わりないことを発見しこれを使っている。

なんといっても食べ物の郷愁のトップは「梅」か。これの代用品をブラジルの日本人は見つけた。上の写真は我が家では「ブラジル梅」と呼んで梅の代用として重宝しているものである。これを漬けておくと梅干と変わりない味がするので移住当時からは「うめ」と言えば私たちにとってはこの植物のことだった。

しかし最近は台湾の人が持ち込んだ台湾梅の栽培が広まりサンパウロ州では値段も手頃になってきているのではないかと思う。これをここヴィトリアでも植えてみたが木は大きくなっても実がつかないので切ってしまった。寒さが少し必要か。この台湾梅を広めた台湾移民の方、ブラジル日系コロニアが農業に貢献した人に与える賞をもらわれたように記憶している。

1990年代から大分輸入税が低くなりサンパウロの東洋街にも日本製品が所狭しと並ぶようになってきた。昔は高くて手が届かなかった梅も今は手に入る。さらにもっと最近は中国産のが安く出回っている。中国人の店はサンパウロはもちろん娘の住むクリチーバそして息子の住むリオにもある。彼らがこちらに来るとき聞いてくるのが「パパイ、何か日本の物で買っていくものない?」「中国梅のパックとわさびそれぞれ半ダース」

近所に妹が40年前日本人と結婚した日本人と関係の深いブラジル人がいてミナス州に農場を持っている。「お前のところうめ植えているか?」「いや、ないよ」「それじゃこんどミナスに行った時帰りに苗を数本持ってきてやるよ」。まあ、もう一回試してみるか。数日して彼が我が家に来て「うめの苗もってきたよ」「なんだ、ブラジル梅か」「えっ、このほかに梅の木があるのか?」。彼は妹の旦那とは20年以上会っていないので最近の梅事情にはくわしくなかったのである。

2012年4月14日土曜日

恵美と昆布


この頃、孫娘恵美は家に来るとよくぬいぐるみをあちらこちらに並び替えては自分もその中で一緒に寝転ぶ。時々テレビを見ている妻のまわりに一つ一つ名前を呼んでは集めて最後に自分の名前を言って一緒にその中に入り寝付いてしまうこともある。
妙なことに最近は昆布をせがんではなめそれを自分の顔に貼り付ける。ある時は眼に貼り怪傑ゾロ、ある時は鼻の下に貼りSuper Marioになったり今日はほほに貼りインディアンの夢でも見ているのだろうか。いつもよく笑わしてくれる。
「ほら日本の女の人は肌のつやが良く若く見られるというじゃないか。この子は本能的に昆布にその効用があると知っていて顔に貼り付けているのだろうか」「あなた、それは買いかぶりすぎよ」 

2012年4月6日金曜日

Torta capixaba - トルタ・カピシャーバ

今年も聖週間のキリスト受難の金曜日がやってきた。各地での伝統的な宗教行事が夜のニュースに乗っている。今日は肉の料理は控えることになっていてここエスピリトサント州では名物料理「トルタ・カピシャーバ」に奥様方が腕を振るう日だ。一週間前から近くの卸専門のスーパー(一般にも開放されているがカード所有者のみ)のオランダ系の「マクロ」のレストランではキロ当たり50レアイス(約28ドル)で注文を受け付けていますとの張り紙が目についた。ここが一番安く、相場は60-75レアイス。昨日スーパーの横の広場にこの料理に欠かせない椰子の芯を買いに行った。以前はパームツリーの芯だったが今は自然破壊が叫ばれ全てココナツ椰子の芯を売っている。ちょっと削って味見をさせていたので試してみる。柔らかくて家のパームツリーのように甘のを一本買った。毎年家に植わっているパームツリーを使っていたが今、切れるのは一本しかないのでそれは温存して今年はココナツ椰子の芯で妻が自慢のトルタ・カピシャーバとなった。贅沢に(?)昼食も夕食もこれで「ごちそうさま」。上の写真は2枚目のトルタ・カピシャーバ。