2013年3月18日月曜日

走れ!レッド!!




土曜日の朝市の他に毎週火曜日、近くの公共駐車場で有機栽培野菜の夕市が立つようになった。農家自身が持ってくるので新鮮でおまけに無農薬、安心して買えて安い。市の職員が時々抜き打ち検査をしているのを目にした。大根、株、チンゲン菜、白菜なども手に入る。
2,3回前の夕市、買い物が終わり車に向かおうとしていたら東洋人の青年がござ(らしきもの)を広げておもちゃ等を売っている。もうすぐ孫娘の3歳の誕生日か、何かないかと見ていたら赤いゴム製(らしき)子供が乗れる馬を売っている。いくらするか聞いてみるとたどたどしいブラジル語で40Reais(約20ドル)という。どうやら中国の人らしい。しかし言葉もあまりできずにこうやって道でものが売れるのだからブラジルはさすが移民の国だなと感心して50Reaisの札を出し10Reaisのつりをもらった。ブラジルもお札は皆新紙幣に変わってきている。前のお札より少し大きめで偽札防止の対策がとられているとか。
早速、週末に遊びに来た恵美に馬をプレゼント。喜んで飛び乗りすぐ慣れて上手に操る。台所のまわりを「パカチパカチ」と疲れも知らずに何周もする。昔テレビで西部劇がはやっていたころ「走れ!シルバー!」(らしき)連続ドラマがあったように記憶する。恵美は「走れ!レッド!」というところか。



2013年3月15日金曜日

ローマ法王 「フランシスコ一世」


一昨日バチカンの煙突から新しいローマ法王が決まったことを知らせる白い煙があがりサンピエトロ広場に今か今かと待ちかまえていたカトリック教徒から大歓声があがった。アルゼンチンのホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿が「フランシスコ一世」として第266代目のローマ法王に即位されることが決まった。サンピエトロ大寺院のバルコニーに新ローマ法王として現れた「フランシスコ一世」、穏やかに祝福をあたえる第一声の中「私を地の果て(遠いアルゼンチン)まで探しにいって私を見つけてくれた」とのユーモアも交じっていた。それから昨日Conclave(法王選びに鍵がかかった広間に閉じこもること)に集まった世界中の枢機卿との晩餐会の中でも「神様(私を選んだ)この人たちをお許しください」とお祈りをあげられたとのエピソードも伝えられた。なにか親しみを感じる。
前法王ローマ法王ベネディクト16世の自発的退位による新法王選び。まず自発的退位が1300年ぶりという。ヨーロッパ以外から選ばれるのは初めて、フランシスコと名乗るのも初めて、そしてイエズス会から選ばれるのも初めて。
全世界約12億のカトリック信者、その中でもブラジルは世界一のカトリック教徒を有する。南米のカトリック教徒は世界のカトリック教徒の41%強を占める。今回の法王選びでもブラジルから選ばれる可能性も取りざたされていた。私も期待していたのだが。
それともう一つの疑問はフランシスコ一世を名乗った理由。新聞などではイタリアの13世紀の聖人Francesco de Assis に由来するとされているが、私には16世紀にアジアの国々、特にインド、日本にキリスト教を布教したイエズス会のフランシスコ・ザビエルからとったのではないかと思われてならない。
今日のブラジルのテレビのニュースで新法王は近日中にある即位式にアルゼンチン国民に(高い金を使って)来ないようにとのメッセージを送ったと言っていた。


P.S.: 3月16日 土曜日、今日テレビをみていたらローマ法王の「フランシスコ一世」はSão Francisco de Assisから採られたものでこれにはブラジルの枢機卿のすすめがあったと法王自身が言っておられるところが映されていた。1972年の映画「Brother Sun, Sister Moon」は聖フランシスコの信仰の目覚めを描いたものである。

2013年3月11日月曜日

あれから2年・・・・・・・・

東日本大震災から今日で2年。テレビに映し出されたあの映像はまるで特撮映画のシーンを見ているようで初めは信じられなかった。すべてを飲み込んでいくあの津波の全く自然(?!)な振る舞い。それゆえに自然の恐怖を感じ、なすすべもなく翻弄される人間の非力さ無力さ。立ち向かうことは出来ない、ただ逃げるしか手はないことを思い知らされたシーンだった。人が波にのまれていく、見ているうちに涙がボロボロとこぼれた。二万人弱の人が亡くなり、今日は各地で追悼式が行われている様子がテレビで流されていた。ご冥福をお祈りいたします。
今こちらで強く感じているのは地球温暖化。特にここエスピリトサント州は雨が少なく日差しが強い。夜は毎晩エアコンをかけないと眠れない。他の州では局地的に大雨が降ってその被害が報じられている。昨日リオは37度と言っていたからここもおそらくその位だろう。日焼け止めのクリームを塗る習慣がつきつつある。去年までは気にもかけなかったが。年齢のせいも少しはあるかもしれない。あまり暑いと何もやる気もでない、気にかかっていてやらなければならないこと(ブログも含めて)も後回しにする。涼しくなったらやろうと思っているのだが・・・・・・・・

2013年2月6日水曜日

魔法の木



朝、妻が「ちょっと来て!」何事か?と外に出てみると写真のバケツ2杯のアセローラ。測ってみると15キロあった。これは朝一番の収穫。さらにあと2回それぞれバケツ一杯づつ、一日合計30キロ。これがここ一週間続いている。一本のアセローラの木、正に魔法の木である。しかしなぜこんなに採れるのか?今年ここらは熱帯夜が続いている。地球温暖化の影響、まさか? たしかに木は年々大きくなってきているが、この謎を解くには来年まで待つしかないか???

2013年2月5日火曜日

Giant Mango



昨日近所の知り合いから上の写真のマンゴーをもらった。ここから南西に約70キロのAlfredo Chavesの町に農場を持つ彼が仕事の帰りだと言って届けてくれた。受け取った時私はパパイヤかと思った。あまりにも大きかったからである。家になっていたマンゴーは特大でも1キロだったがこれは1.6キロ、もっと大きいのは2キロあると言う。
更に今日彼から電話があった。「昨日言い忘れたけどあのマンゴーはジュース専用で中は熟れていても外の皮は青いままだから時々触ってみて少し柔らかいようだったら切ってミキサーにかけジュースにしてビニール袋に小分けして冷凍庫にしまい必要に応じて使って下さい」とのこと。今までこんなマンゴーがあるとは知らなかった。最近暑い日が続くので助かる。
飲んでみると甘味があまりなくそのかわり酸味がきいていてサッパリジュースで飲みやすい。

2013年1月30日水曜日

2014年ブラジルW杯ポスター

今日、昼のニュースを見ていたら2014年ブラジルW杯のポスターの紹介をしていた。さすがサッカーの国ブラジルのデザインだ。真ん中の白い空間はブラジルの国土の形、下のボール、そのボールを取り合いしている足、うえの模様にはブラジルの動植物が描かれている。2014年、遠い先のことと思っていたらなんだ、もう来年ではないか。歴史に残るW杯にすると大統領は言っていたと思うがよろしく頼みます。
今年はコンフェデレーション杯、去年の末にリオの息子の所に電話した時どうするのと言っていたので一応FIFAのサイトに入り6月30日リオである決勝戦の切符を一枚予約した。クレジットカードで買うのだがまだ抽選があるのでそれに当たったら代金が引き落とされる。最終抽選は2月13日となっているがいまだ何もない。60歳以上は半額で一番安い場所の券を買ったのでR$ 47.50だった。今日のレートで約24ドル。タイミングも遅く、試しに買ってみたのでどうなるか?
このコンフェデレーション杯最初の試合は6月15日首都ブラジリアでブラジルx日本。楽しみだ。

実はこのポスターは一昨日披露されるはずだったがブラジルの一番南の南大河州、上のポスターでいえばボールに当たる部分で、学生のまちで知られるサンタマリア市のナイトクラブで学生主催のショーがありその最中に火事が起こった。信じられない程の230人以上の学生が犠牲になるという悲しい出来事がありポスターの披露は延期となり今日になったといういきさつがある。600人定員のところに約1500人が入りしかも出入口は一つという。唖然とした、こういうことが許されてよいのか。一昨日はテレビ局のアナウンサーも涙で解説していた。

2013年1月13日日曜日

TOMOBE  とグーグル検索すると一番

最近インターネットのグーグル検索でTOMOBE とキーを押すとなんとこのブログが真っ先にでてくる。このブログを始めたころはまだサイトの数も少なかったのか第一ページにでていた。その後段々下がって行ったので探さなくなった。最近は我が家の近況報告になっているので親戚および近い知り合いしか知らせてない。だからあまり読者数は変わっていないのになぜ一番?その基準はわからないがとにかく今一番ということをここに記録しておくことにした。
時々あっ、これを書こうと思っていても時間が経つにつれおっくうになって書かずじまい。今でも残念なのは「聖書は人を救う」というタイトルで書こうと新聞記事を切り取ってスキャンして書こうと思っていたのだがその切り取りをなくしてしまった。エスピリトサント州で起こったことだが、あるふたりの男が口論、それで一人が逆上して拳銃を取り出し相手の心臓に弾を打ち込んだ。打たれた人は倒れたがやがて立ち上がりおもむろに胸のポケットから取り出したのは穴のあいた分厚い聖書。そしてその弾はちょうどそのエピソードに関するところで止まっていたということでそのページのところの写真がでていた。聖書は今まで多くの人を救っていると思うがこのケースはちょっとかわっているのではないか。
このブログ、我が家の記録としてこれからも続けていこうと思っている。