2015年12月21日月曜日

サーフィン2年連続世界一

明るいニュースを一つ。
これについては去年書こうと思っていたのだが怠けてしまった。 今年は同じことだがもっと良く、2年連続という言葉が入った。去年のサーフィン世界一が最後のハワイで決まる時応援団がブラジルからハワイに渡った。ブラジルの Medina を応援するためである。期待に応え彼はブラジルで初のサーフィン世界チャンピオンになった。それまではアメリカとオーストラリアしか優勝したことはない。
今年はブラジルのMineirinho (これは通称で本名はAdriano de Souza)が優勝、その時はブラジルからの応援団は水に入り彼を肩にのせて浜にあがった。去年の覇者Medina は3位となった。下の写真は優勝トロフィーがMedina からMineirinhoに手渡される瞬間をとらえている。
右がMineirinhoだが彼はミナス州ではなくサンパウロ生まれだ。彼は標高800メートルのサンパウロ市から海岸に降りたところのサントスに近いGuarujá に住んでいる。 明日火曜日彼が帰ってくる時は町をあげてのお祭り騒ぎになりそうだ。
 

ブラジルでは時々、伝統のないスポーツで個人の才能と努力で世界一に登り詰める人が現れる。
去年のMedinaがそうだと思っていた。しかし調べてみるとサーフィンは案外層が厚くこれからも別のチャンピオンが出てくる可能性がある。
 
ブラジルは昔は団体スポーツのサッカーだけだった。ボール一つで貧富の差なく遊べて能力が認められれば多額の給料が手に入る。人気プロサッカープレイヤーになることがブラジルの子供たちの夢となりブラジルの国技と言われるまでになった。ということでブラジルのサッカーの層は厚い。それがほかのスポーツの伸びを妨げていたともいえた。

今は時代が変りブラジルも色々なスポーツに目覚めた。柔道の普及には日本移民の貢献があった。オリンピックでも必ずメダルをとっている。団体ではバレーボールの普及が目覚ましく女子、男子とも金メダルを取っている。特に今は女子の全盛期か。そういえばビーチバレーもすごい。ここエスピリトサントからも世界チャンピオンがでる。

ブラジルが初めてテニスの4大大会の一つフランスRoland-Garro 1997年の大会で優勝した時のことは良く覚えている。私は家の居間でテレビを見ていた。突然画面が変わったそして「今ブラジルのGustavo Kuerten (グスタヴォ キールテン)がテニスフランス大会の決勝を戦っています」と告げ実況に入った。ブラジルのテレビ局もまさか20歳のほとんど無名のテニスプレイヤーが世界の4大大会に優勝するなんて思っても見なかっただろう。それで番組に予定されてもいなかった。やせた子供っぽい青年がラケットを持って巧みにボールをさばいている。人懐っこいその姿にブラジルの視聴者が釘付けになった。そしてその時Gugaという愛称で呼ばれる新しいヒーローが生まれた。
その後彼は2000年、2001年とフランス大会を制し、2000年の12月4日からの43週間世界ランキング1位のトッププレイヤーとなった。不思議なことに彼がタイトルを取ったのはフランス大会だけなので砂コートの王様とも呼ばれていた。1995年プロになり2008年に引退いつも朗らかで今でもブラジルのアイドル的存在だ。

長くなりそうなので、「F1 レーサー」は次にまわそう。







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