「なんと馬鹿なタイトルだ。いまどき常識で誰でも知っていることだろう。」という声がきこえてくる。
しかし今までは北半球がものすごく暑いと南半球がものすごく寒かったり、またはその反対だったりしていたので私の頭では地球は自分でバランスを取るので地球温暖化はそう深刻なことではないのではと勝手に思っていた。
氷河がなくなったり、小さくなったりしていることも知っている。南極の氷がとけたり、北極海での航行が可能になったり色々な証拠があるのになぜ深刻な問題だと思わなかったのだろうか。
私たちがここエスピリトサント州に移ってきたころの冬(?)は夜軽い毛布だけで過ごせたような気がしていた。いまは毛布のほかに軽い掛布団もかぶっている。そして周りの様子はあまり変わっていないような気もする。
それなのになぜ今年は地球は熱くなったと感じたのか。それは今年の冬は全然電気シャワーを使わずに済んだからだ。サンパウロからエスピリトサントに移ってきた時、まず最初に頭にピンときたのはこの陽の強さを利用しなければということだった。そこで風呂の水とシャワーは太陽熱で温めようとパネルを取り付け温水を利用してきた。しかし特に冬の6-8月の何日かは曇ったり雨が降ったりすると十分に水を温めきれず電気シャワーを10日ほど使ってきた。
それが今年の6-8月は一回も電気シャワーを使っていない。それに北半球は猛烈な暑さだというのに南半球は猛烈な寒さではなく今年は冬はなかったという人もいる。それは私も身をもって感じている。やはり自分の身で経験しないと人間は信用しないのかな ?
2015年8月29日土曜日
遠慮しないで、ふるさと満喫 !
これはいとこが私にくれたメールのタイトルである。
今、来月の私たちの訪日スケジュールにあわせていとこが細かい所の手配をしてくれている。あまりにも迷惑をかけているようで恐縮ですとメールを出したらこの返事。彼の思いがドーンと私の胸に響く。なんと頼りになる力強い言葉だろう。ありがとう。
1960年にブラジルに移住、1981年3月から83年1月までブラジルの会社の駐在員として東京事務所に勤務。その時、一度ゴールデンウイークにいとこ達にあったがわずかな時間であった。子供たちもお互い小さかったしゆっくり話も出来なかった。今回も故郷ですごす日にちは短いが効率よく時間を過ごそうと彼が他のいとこ達にも呼びかけ"いとこ会"を開こうと言っている。一番の思い出になるだろう。
私も妻も自分たちの身体に自信が持てなくなってきている。今年こそはと年の初めころから日本行の手ごろな値段の航空券が出ないかと気を付けていたら3月の末頃から出だしたので早速買った。まるでブラジルの国内旅行をする感覚で。いつものようにしばらくほっておく。ブラジル旅行だと前日か当日にカバンの整理をするくらいなのでのんきにしていたら今度は違うと気が付いた。私はこちらに帰化しているので日本のビザがいる。しかもアメリカ経由なのでアメリカのビザもいる。どちらもリオまで行って取らなくてはならない。あれこれ忙しい日が続いた。
日本の事情もよく知らないから色々調べなければならない。なかなか気持ちが落ち着かない。ブログを怠けた理由にはなるかな。1か月半何も書いてない。ネタはあったのだが時期を外してしまった。特に「いまブラジルの政治、経済はおかしい」これは書いていると、きりがないからあきらめるか。
私が今日ノートブックを開けるたびに笑い出すので妻が怪しむ。「なに、このいとこがくれたメールのタイトルだよ。彼の声がこれを開けるたびに聞こえてくるんだよ。おもしろい。」
今、来月の私たちの訪日スケジュールにあわせていとこが細かい所の手配をしてくれている。あまりにも迷惑をかけているようで恐縮ですとメールを出したらこの返事。彼の思いがドーンと私の胸に響く。なんと頼りになる力強い言葉だろう。ありがとう。
1960年にブラジルに移住、1981年3月から83年1月までブラジルの会社の駐在員として東京事務所に勤務。その時、一度ゴールデンウイークにいとこ達にあったがわずかな時間であった。子供たちもお互い小さかったしゆっくり話も出来なかった。今回も故郷ですごす日にちは短いが効率よく時間を過ごそうと彼が他のいとこ達にも呼びかけ"いとこ会"を開こうと言っている。一番の思い出になるだろう。
私も妻も自分たちの身体に自信が持てなくなってきている。今年こそはと年の初めころから日本行の手ごろな値段の航空券が出ないかと気を付けていたら3月の末頃から出だしたので早速買った。まるでブラジルの国内旅行をする感覚で。いつものようにしばらくほっておく。ブラジル旅行だと前日か当日にカバンの整理をするくらいなのでのんきにしていたら今度は違うと気が付いた。私はこちらに帰化しているので日本のビザがいる。しかもアメリカ経由なのでアメリカのビザもいる。どちらもリオまで行って取らなくてはならない。あれこれ忙しい日が続いた。
日本の事情もよく知らないから色々調べなければならない。なかなか気持ちが落ち着かない。ブログを怠けた理由にはなるかな。1か月半何も書いてない。ネタはあったのだが時期を外してしまった。特に「いまブラジルの政治、経済はおかしい」これは書いていると、きりがないからあきらめるか。
私が今日ノートブックを開けるたびに笑い出すので妻が怪しむ。「なに、このいとこがくれたメールのタイトルだよ。彼の声がこれを開けるたびに聞こえてくるんだよ。おもしろい。」
2015年7月14日火曜日
SUGOI !!! すごい!!!
今年もブラジルのブエノスアイレス、Botucatu (2013年5月15日のポスト参照)から我が家に大きな梨が届いた。日本のニッコリ種でこちらブラジルでは生産者の坂田さんが「スゴイ」と名づけられた。
家のブザーが鳴った。妻が「郵便ですよ」と呼んでいる。黄色のヴァンが家の前に止まっているのがドアのすきまから見える。「最近何も買っていないんだがな?」と受け取りに行くと小包を渡された。小さい箱のわりに重い。差出人は坂田と書いてある。「おーい、梨だよ」と妻を呼び開けると大きな梨が3個はいっていた。どれもでかい。一番大きなのを計ってみると約950グラム」
早速坂田さんに電話を入れた。「梨、今届きました。すごいですね!あっ、そうか、すごいは梨の名前でしたか。大きいですね900グラム以上ありましたよ」と言うと、「一番大きかったのは1キロ200グラムありました」ということだ。サンパウロのセアザ(サンパウロ農作物中央卸売り市場ではなく直接消費者に渡されるMercado(市内マーケット)に持っていって売られたそうだ。まだ珍品扱いだ。
ブラジルで出回っている西洋梨や果汁の少ないほかの梨とは違ってみずみずしいとも言える果汁いっぱいの梨だ。ブラジルでこれが味わえるのはうれしい。
ブラジルは国土が広い。南北、東西、まだ私の知らない果物も多数あるみたいだ。それに外国との貿易で入ってくるのもある。そのなかで私が特に望んでいたのは果汁が豊富な梨でなかなか出会えなかった。
これが実現した、坂田さんありがとう。
2015年7月9日木曜日
ブラジルサッカーよどこへ行く? (2)
ブラジルサッカーの歴史上最大の屈辱から1年を迎えた
そしてワールドカップでドイツからさんざんに打ちのめされた教訓は
まだ体得されていない。
(街でもらった新聞のトップ記事ー誕生日おめでとうと皮肉ったタイトルとなっている)
そして昨日のニュースの時間、キャスターが「さてみなさん、今日は何の日か知っていますか?」と聞いた。すかさず「そうです、今日は去年のワールドカップの準決勝でブラジルがドイツに1対7で負けた日です」。そうみんなの傷を逆なでするようなことを言うなよ!
もう一つ今年、ミナス州の州都Belo HorizonteのCitytourでバスで回っているときガイドが「みなさん右に見えるのは去年のワールドカップでブラジルがドイツから屈辱の1対7で負けたMineirão スタジアムです」と、忘れようとしているのにあの時の屈辱を思い出させるな!
ブラジルはワールドカップの主催地に立候補すべきではない。1950年には隣国ウルグアイと決勝戦で競り合いで負けた。その責任をゴールキーパーに課した。長い間彼はマスコミの話題の的となった。そして去年のドイツとの1対7の惨敗。これで今は故人となったゴールキーパーの名がマスコミに挙がることはあまりあるまい。これで天国で安らかに眠れるだろう。
さて前のポストの続き。
なでしこジャパン準決勝ではイングランドと試合終了間際まで1対1、それぞれペナルティキックで得たもの。私は試合開始から見ていたが実はハラハラしていた。延長戦になるかと思っていた時、劇的な終末が。イングランドのオウゴールで日本が1点を得て勝利。試合内容に少し不安が残った。さて決勝戦私はまたうっかりして、テレビをかけた時はすでにアメリカが4点を入れていた。まさか?なんでも前半の15分で入ったようでゴールキーパーが前進していたのを見計らってのロングシュートの1点も映像を試合の間に通していた。サッカーの神様と言われたかのペレーでさえ成しえなかったのに。しかしその惜しくも入らなかった彼の当時としては意表をつくロングシュートは彼のベストシュートの一つとしてよく紹介される。
後半果敢に戦ったものの力尽き、2対5で負けてしまった。しかし1優勝を含む3大会連続決勝進出は私は大偉業だと思う。準優勝、そこから得るものが次の優勝に向けての大きな指針となる。
ブラジルとなでしこジャパンがんばれ!
さてCopa America、決勝戦は開催地チリとメッシを有するアルゼンチン。0たい0のままPK戦へ。ここでまたドラマが!アルゼンチンが次々と外し4対1で地元チリが初優勝。
この頃のサッカーの試合は予想不可能。
来年のリオ・オリンピックの入場券はインターネットで開会式、閉会式、全競技種目を受け付けていて、申し込んでおくと抽選で決まるということになっていた。私は体操の男子、女子の個人決勝戦を申し込んでいたが外れたと連絡があった。あとは完売しなかった種目を受け付けているがそれも抽選である。今考え中である。
2015年6月30日火曜日
ブラジルサッカーよどこへ行く ? (1)
今チリで4年に一度の南米サッカー連盟(Conmebol)主催のアメリカカップ(Copa América) が行われている。優勝チームは南米代表として2017年ロシアで行われるコンフェデレーション杯に参加する。
南米サッカー連盟加盟国10か国とあと2カ国が招待され3グループ12チームで争われる。招待されるのはほとんど北、中米からだが1999年には日本が招待されたがこれは特例である。
さて今年のアメリカカップでのブラジルチームの調子が悪い。一次リーグは突破したもののコロンビアから1対0で負け試合内容も良くない。順々決勝ではパラグアイ代表と1対1で勝負がつかずPK戦。ブラジルはプレッシャーがかかると本領を発揮できない。ブラジルワールドカップでもドイツにつぎつぎに点を入れられなすすべを知らず7対1の屈辱の敗北となった。
何か嫌な予感がした。今回のアメリカカップではブラジルのエースNeimar もおかしかった。彼はブラジルがコロンビアに負けた時、試合後相手チームの選手を蹴り4試合出場停止となった。
更に彼はブラジルチームのキャプテンでもある。チームをまとめる役のキャプテンがチームにプレッシャーをかけてしまった。
PK戦。ブラジルは二つ外し、結局は4対3で負けた。
試合中Twitterでテレビで観戦しているコーチ(ブラジル国民は全てコーチ)のコメントが画面下に流れる。「ブラジルチームには試合の状況を見てボールを配分する選手に欠けている」というのが出た。まったくその通りだ。今までブラジルがワールドカップで優勝した時は必ずそういう選手がいた。一番印象深く残っているのはブラジルの田舎の我が家で初めてテレビで観戦した1970年メキシコで行われたワールドカップ、ブラジルは三回目の優勝を果たし優勝カップを自国に持ち帰る偉業を果たした。その時チームの要として活躍し彼自身もゴールを入れたのがGerson. 彼は所属チームを転々としたがそれらのチームに州のチャンピオンシップをもたらした。
アメリカカップのブラジル対パラグアイ戦、実はその時私はブラジルの他のテレビチャンネルで今カナダで行われている女子のワールドカップ日本対オーストラリア戦を見ていた。前回のワールドカップでは日本は華麗なパスワークで優勝したが、今回はロングパスからのカウンターアタックが多くなって攻撃力で相手のゴールを脅かしている。
日本が1点入れた時私は思わず手を叩いた。すると外で「パン,パーン」と爆竹の音。ブラジルでは自分のひいきチームがゴールを入れるとあちこちで爆竹がなり点が入ったのがわかる。
横にいた妻に「あれ?おかしいなこの辺に誰か日本人いたっけ?いや待てよ、そうだ Copa América だ、ブラジルが点を入れたぞ」とあわててチャンネルを切り替えた。
今回のCopa América の決勝は開催地のチリと準決勝でパラグアイを6対1で倒したアルゼンチンの間で戦われる。アルゼンチンが勝てば22年ぶりチリが勝てば28年ぶりの優勝となる。
サッカー女子ワールドカップ、日本はイングランドと準決勝。勝てばアメリカと決勝戦で前回と同じ相手となる。がんばれ!なでしこジャパン!
南米サッカー連盟加盟国10か国とあと2カ国が招待され3グループ12チームで争われる。招待されるのはほとんど北、中米からだが1999年には日本が招待されたがこれは特例である。
さて今年のアメリカカップでのブラジルチームの調子が悪い。一次リーグは突破したもののコロンビアから1対0で負け試合内容も良くない。順々決勝ではパラグアイ代表と1対1で勝負がつかずPK戦。ブラジルはプレッシャーがかかると本領を発揮できない。ブラジルワールドカップでもドイツにつぎつぎに点を入れられなすすべを知らず7対1の屈辱の敗北となった。
何か嫌な予感がした。今回のアメリカカップではブラジルのエースNeimar もおかしかった。彼はブラジルがコロンビアに負けた時、試合後相手チームの選手を蹴り4試合出場停止となった。
更に彼はブラジルチームのキャプテンでもある。チームをまとめる役のキャプテンがチームにプレッシャーをかけてしまった。
PK戦。ブラジルは二つ外し、結局は4対3で負けた。
試合中Twitterでテレビで観戦しているコーチ(ブラジル国民は全てコーチ)のコメントが画面下に流れる。「ブラジルチームには試合の状況を見てボールを配分する選手に欠けている」というのが出た。まったくその通りだ。今までブラジルがワールドカップで優勝した時は必ずそういう選手がいた。一番印象深く残っているのはブラジルの田舎の我が家で初めてテレビで観戦した1970年メキシコで行われたワールドカップ、ブラジルは三回目の優勝を果たし優勝カップを自国に持ち帰る偉業を果たした。その時チームの要として活躍し彼自身もゴールを入れたのがGerson. 彼は所属チームを転々としたがそれらのチームに州のチャンピオンシップをもたらした。
アメリカカップのブラジル対パラグアイ戦、実はその時私はブラジルの他のテレビチャンネルで今カナダで行われている女子のワールドカップ日本対オーストラリア戦を見ていた。前回のワールドカップでは日本は華麗なパスワークで優勝したが、今回はロングパスからのカウンターアタックが多くなって攻撃力で相手のゴールを脅かしている。
日本が1点入れた時私は思わず手を叩いた。すると外で「パン,パーン」と爆竹の音。ブラジルでは自分のひいきチームがゴールを入れるとあちこちで爆竹がなり点が入ったのがわかる。
横にいた妻に「あれ?おかしいなこの辺に誰か日本人いたっけ?いや待てよ、そうだ Copa América だ、ブラジルが点を入れたぞ」とあわててチャンネルを切り替えた。
今回のCopa América の決勝は開催地のチリと準決勝でパラグアイを6対1で倒したアルゼンチンの間で戦われる。アルゼンチンが勝てば22年ぶりチリが勝てば28年ぶりの優勝となる。
サッカー女子ワールドカップ、日本はイングランドと準決勝。勝てばアメリカと決勝戦で前回と同じ相手となる。がんばれ!なでしこジャパン!
2015年6月11日木曜日
サーカスよどこへ行く ?
「4時、6時、8時と言っていたわ、子供が見るのだから4時のにしましょう」ということになり4時まえに着いたがあまり人はいない。子供を連れて帰っていくものもいる。妻が話を聞きに行く。「まだ準備ができてないので、今日は6時と8時だけだそうだわ」仕方がない、また出直すとしよう。
今時期、ここエスピリトサント州は6時になると暗くなる。何か小さい夜店がたっている。綿菓子、ポンポン菓子、Churro、サンドイッチ等々。そしてテントに入る前に人形が並べてある。恵美が素早くそれに気付き走り寄る。「この人形をお買いの子供さんは後でステージに上がって一緒に写真が撮れます」と言う。見ると赤のドレスの人形と薄青色のドレスを着た人形がいる。恵美は「私は「エルサ」がいいわ」といって薄青いドレスのほうをとる。中に入るとかなり広い、900以上の座席があると書いてあった。段々人が集まってきて200人は入ったろうか。
初めに青年が紹介され数個のボールを高く上にあげてはそれを落とさないように廻していた。その次は火のついた短い棒をやはり数個廻したりして喝采を浴びた。それからは親子ピエロのドタバタ劇で第一部が終了して休憩となった。その休憩の間私たちが入ってきた時に写真を撮っていた女の子がそれをキーホルダーにして持ってきた。仕方ない、思い出にと買った。そして初め外で売っていた人たちが中で持って回って売り出した。ひょっとすると、このサイドビジネスのほうが売り上げが多いのではと思った。ステージの方は「FROZEN」と書いた幕がはられ色々な器具が持ち込まれている。発泡スチロールの雪をとばすのもある。なんでも映画で大人気の「アナ雪の女王」があるようだ。
やがて音楽が流れセリフが始まる。するとエルサとアナの衣装をまとった女の子を中心に話に出てくる他の人達もそれぞれの衣装でステージに上がり偽ミュージカルが始まった。というのは皆スピーカーから流れてくる歌やセリフに合わせて口をパクパクしているだけだからだ。それでも子供たちは熱心に見ていた。
その間、私は上を向いてこの後、私が見に来た本当のサーカスがあるのかなと思って観察した。しかし空中ブランコはない、綱渡りのロープもない、何もない。えっ、これがサーカス、何かだまされたような気がした。あのハラハラするスリルに満ちたサーカスはどこに行ったのか。物足りないなーと思っているうちに「FROZEN」は終わった。恵美は買ったエルサの人形をもって嬉しそうにステージに上がりこの写真を撮った。
2015年5月30日土曜日
Dobrando Alegrias 喜びを折って倍に
タイトルの Dobrando Alegrias 喜びを折って倍に とはパラナ州のクリチーバ市で東洋文化の普及のためにと設立した「アジアセンター」を経営している娘のリナが立ち上げたボランティア活動の名前で折り紙で入院患者の気持ちを少しでも癒すことができたらと始めたもので、やっているうちに教えられ癒されているのは自分たちだと気が付いたと私にもらした。それでこそ「喜びを折って倍に」だ。アジアセンターの数人で始めたものが今は一般の参加もあり数十人で活動している。
クリチーバ市の不動産会社が年に一度、女性により提唱されたボランティア活動の中からいくつかのONGを選択しインターネットで一般投票してもらい最高得票数を得たONGに2000ドルほどの援助をしようというもので今年は Dobrando Alegrias が一位になった。ミディアからのインタビューも受けたようでサンパウロの知人もテレビで見たと電話があったそうだ。
今この活動は各地に広がっているので、この資金を役立てもっと広めるよう努力すると言っていた。
下の記事はインタビューした記者がDobrando Alegrias の活動を紹介したものである。
クリチーバ市の不動産会社が年に一度、女性により提唱されたボランティア活動の中からいくつかのONGを選択しインターネットで一般投票してもらい最高得票数を得たONGに2000ドルほどの援助をしようというもので今年は Dobrando Alegrias が一位になった。ミディアからのインタビューも受けたようでサンパウロの知人もテレビで見たと電話があったそうだ。
今この活動は各地に広がっているので、この資金を役立てもっと広めるよう努力すると言っていた。
下の記事はインタビューした記者がDobrando Alegrias の活動を紹介したものである。
Voluntariado com origami ganha Prêmio em Curitiba
O projeto de voluntariado Dobrando Alegrias, fundado e coordenado por Lina Saheki foi o vencedor de 2015 do Prêmio Elas Fazem, do Grupo Gonzaga (www.grupogonzaga.com.br/ elasfazem) em Curitiba/PR.
Os cerca de sessenta voluntários do Dobrando Alegrias levam conforto, distração e gentileza a pacientes internados em seis hospitais de Curitiba através dos origamis - dobraduras em papel típicas da cultura japonesa. Os pacientes ganham flores, pássaros e corações de papel, e são ainda convidados a aprender a arte e a compartilhar suas produções com as outras pessoas.
O projeto possui também uma segunda linha de ação: em datas específicas, como o Dia da Gentileza ou o Dia da Felicidade, os voluntários vão às ruas com a missão singela de distribuir sorrisos através da doação de origamis.
Até a metade deste ano, o Dobrando Alegrias terá núcleos de voluntariado em Itajaí e São Paulo. O site oficial do grupo é o http://www.dobrandoalegrias. org.br
Maiores informações também na matéria:
折紙でのボランティア活動がクリチーバ市で賞を得る
Lina Saheki により設立されその指導のもとで活動しているボランティア・ プロジェクト"Dobrando Alegrias"
(喜びを折って倍にしようという意味でDobrando とは紙などを折るという意味と倍にするという二つの意味がある) がクリチーバのGonzaga グループ (www.grupogonzaga.com.br/ elasfazem) の主催でクリチーバにおいて女性により設 立され活動しているボランティア・プロジェクトのコンクール" Elas Fazem ( 彼女たちは為す)で優勝した。
"Dobrando Alegrias" の約60人のボランティアたちは紙を折る日本の典型的な文化を通 してクリチーバの六つの病院の入院患者たちに心地よさ、 気晴らし、そしてやさしさを運ぶ。入院患者たちは紙の花、 鳥やハートなどを受け取りそして折紙を学びみんなと一緒に折紙を 作ることに参加する。
このプロジェクトはその活動の延長線として共鳴する Dia da Gentileza (親切の日)、Dia da Felicidade (幸せの日) などにボランティアたちが街角でただ笑顔を届けるために折紙を配 る。
今年の中頃までにはDobrando Alegrias はサンタカタリーナ州のItajaí市それにサンパウロ市にボランティア・サークルを持つ。
Dobrando Alegrias の公式サイトは http://www.dobrandoalegrias. org.br
上記についての詳細は http://cacadores.parana- online.com.br/agua-verde/ sorrisos-dobrados/
ボランティア活動で折り紙を折っているうちに才能を発揮する人も現れた。下iの折り紙はDobrando Alegrias が賞を受けたのを記念してと最近アジアセンターで折り紙の手伝いをしているブラジル人の年配の女性がリナにプレゼントしてくれたもので、あまりにもきれいにできているのに驚いた。
五月の初め、リフォーム中のアジアセンターを見にクリチーバに行ってきた。折り紙を見ていたら、母の日もまじかということで妻は赤と白の折り紙のバラの花束をプレゼントされた。
ボランティア活動で折り紙を折っているうちに才能を発揮する人も現れた。下iの折り紙はDobrando Alegrias が賞を受けたのを記念してと最近アジアセンターで折り紙の手伝いをしているブラジル人の年配の女性がリナにプレゼントしてくれたもので、あまりにもきれいにできているのに驚いた。
五月の初め、リフォーム中のアジアセンターを見にクリチーバに行ってきた。折り紙を見ていたら、母の日もまじかということで妻は赤と白の折り紙のバラの花束をプレゼントされた。
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