2012年5月16日水曜日

ブラジル梅


移民の郷愁は土地・人にとどまらず日常の生活の衣食住にまで及ぶ。特に食に関しては知恵をこらしての努力で似たものを追求する。

ブラジルは国土が広い。アマゾンに入った日本人移民、北東伯、南東伯、また南伯(伯はブラジルを意味する)に入った人達はそれぞれの地方で手に入るもので工夫する。例えば巻き寿司に入るかんぴょうの代用品では夕顔がない時はアマゾンの日本人会の婦人部が日本からのお客さんをもてなす食事の準備で使っておられたのはChuchu (はやとうり?)の細切りを干したもの。もうずいぶん昔NHKで見た話ではあるが。サンパウロでも同じものを使っていたように思う。最近、家ではかんぴょうの代用品としてKuruá(2008年7月9日のポスト)をあおいときにとって薄くむいて干せば夕顔のとまったく変わりないことを発見しこれを使っている。

なんといっても食べ物の郷愁のトップは「梅」か。これの代用品をブラジルの日本人は見つけた。上の写真は我が家では「ブラジル梅」と呼んで梅の代用として重宝しているものである。これを漬けておくと梅干と変わりない味がするので移住当時からは「うめ」と言えば私たちにとってはこの植物のことだった。

しかし最近は台湾の人が持ち込んだ台湾梅の栽培が広まりサンパウロ州では値段も手頃になってきているのではないかと思う。これをここヴィトリアでも植えてみたが木は大きくなっても実がつかないので切ってしまった。寒さが少し必要か。この台湾梅を広めた台湾移民の方、ブラジル日系コロニアが農業に貢献した人に与える賞をもらわれたように記憶している。

1990年代から大分輸入税が低くなりサンパウロの東洋街にも日本製品が所狭しと並ぶようになってきた。昔は高くて手が届かなかった梅も今は手に入る。さらにもっと最近は中国産のが安く出回っている。中国人の店はサンパウロはもちろん娘の住むクリチーバそして息子の住むリオにもある。彼らがこちらに来るとき聞いてくるのが「パパイ、何か日本の物で買っていくものない?」「中国梅のパックとわさびそれぞれ半ダース」

近所に妹が40年前日本人と結婚した日本人と関係の深いブラジル人がいてミナス州に農場を持っている。「お前のところうめ植えているか?」「いや、ないよ」「それじゃこんどミナスに行った時帰りに苗を数本持ってきてやるよ」。まあ、もう一回試してみるか。数日して彼が我が家に来て「うめの苗もってきたよ」「なんだ、ブラジル梅か」「えっ、このほかに梅の木があるのか?」。彼は妹の旦那とは20年以上会っていないので最近の梅事情にはくわしくなかったのである。