2015年1月29日木曜日

神様、もっと雨を !!!

       今午前11時45分、夏時間で1時間進ませてあるので10時45分


連日暑い日が続く。ブラジルの原動力ともいえる南東部、サンパウロ州、リオ州、ミナス州は雨が降らず節電、断水のニュースが毎日流される。ブラジルの電力は水力発電に頼っている。ダムの水位が減り、もはや発電が出来なくなっているところがでてきている。そこで今まで休ませていた火力発電所を稼働させているがこれは水力発電に比べてコストが高い。当然電気代も高くなってきている。

ブラジル南東部というともう一つ私たちが住むエスピリトサント州がある。昨日の全国版のニュースでエスピリトサント州も45日雨が降らず州都ヴィトリアに飲料水を供給するサンタマリア川の水位は橋のずっと下になっている様子を見せていた。これで4州ようやく足並みが揃ったということか。あまりうれしいことではないが。

エスピリトサント州にはレジャー地として有名な海辺の町 Guarapari がある。州都ヴィトリアから約55キロで人口約12万人。しかし夏になるとここは他州、特に隣接した海のないミナス州からの観光客などで膨れ上がる。夏の学校が休みの期間中は約百万人の観光客が押し寄せる。先週のニュースで見せていたが浜も海も人で一杯。そして水不足の深刻さを伝えていた。歩道に水を撒いたり車を洗ったりすると630レアイス(約240ドル)の罰金だと言っていた。

昨日のニュースで面白い(?)映像を通していた。サンパウロは百年ぶりの日照りでサンパウロ市に飲料水を供給する湖が枯渇状態になっており水の引いた所に誰かが板で家を建てているようだとヘリコプターからの映像で見せていた。雨季に(いや今が雨季なんだが)になって満水になったらどうするつもりなんだろう? その時は取り払えばいいと高をくくっているのだろうか。

さて我が家のことなのだが家の中は朝から晩まで28-29度で温度差はない。しかし温度計を外の陽の当たるところに持っていくと午後3時頃でも40度以上になる。日差しは強いので昼間は家の中にいることにしている。空気を廻す扇風機だけでも涼しい。しかし夜、寝るときはエアコンの世話になる。だから夏になると電気代が倍以上になる。この歳になると少なくとも快適な睡眠をとってストレスなしで起きたい。


この良すぎる天気いつまで続くのだろうか。サンパウロに居て野菜・果樹栽培をしていた頃はブラジル南東部の本格的な雨季は11月2日のお盆(日系コロニアはキリスト教の墓参りの日をこう呼んでいた)からカーニバル(2,3月)までと覚えていていつもそれを目安に植え付けをし外れたことはなかったような気がする。

しかし去年の末から今年の初めにかけて雨は降っていない。あとは神頼りしかない。

2015年1月14日水曜日

Santiago do Chile  チリのサンチアゴ

2009年のポストを調べてもチリ旅行のことは何も出てない。いつも書こう書こうと思っているうちに時が経ちそのうちに面倒くさくなってそのままになってしまうことが多い。たまには忘れてしまうこともある。そこでせっかく見つけたチリ旅行の写真、ブログに使おうと思い立った。

チリは南米でも太平洋側の国でアンデス山脈に沿い細長くのびた国で南北約4300キロ、東西約175キロ。南米ではブラジルと国境を接していない数少ない国の一つである。アルゼンチンと並びブラジル人には人気がありブラジルの航空会社も乗り入れている。

南米の中でも経済的に安定しておりブラジルへの輸出品としてすぐ思いつくのは葡萄酒、果物、サケなどでスーパーなどに並ぶ。火山噴火とか地震とかは日本にも通じるところがあり、実際大地震の時は日本にまで津波が押し寄せる。
飛行機から撮ったアンデスの山々

展望台ともいえるサンクリストバル丘に登るケーブル電車に乗る

丘の上に立つサンクリストバル像

丘から望むサンチアゴの街

背後にアンデスの山波がかすかに見える


中央市場。レストランが2階にありブラジル語での客引きにつられてチリ料理を。


バルパライソ行の途中立ち寄ったブドウ畑

港湾都市バルパライソ。対岸のロープウェイの町は世界遺産に登録されている。

ノーベル文学賞受賞のPablo Neruda博物館

Pablo Neruda と対談 

海のレジャー地 Vinã del Mar 

何十年ぶりかで太平洋の水にさわる

サンチアゴの大統領府の衛兵交代セレモニー
指揮官は女性だった。

帰路、アルゼンチンの穀倉地帯の上を飛ぶ






ぶどうの収穫

 ぶどうの収穫 (妻と孫娘のIsabelle恵美)

家の前のブドウの収穫(?)も終わり今日は裏のブドウを採った。写真では大きく見えるが実は小さくて少し萎びている。家でしなびたブドウは初めてだ。今まではあまり採らないでおくと腐れが出てきたりしたが今年はしぼんではいくが腐らない。12月の初めころから雨が降っていないのでそのせいかもしれない。そういうわけか例年のブドウより甘い。


上の写真は2009年チリのサンチアゴから港町バルパライソに下る途中、葡萄酒生産者
のブドウ畑に立ち寄ったときの写真でここで初めて小さくしなびたブドウを見た。葡萄酒を造るブドウはこういう具合に熟れてもほっといて萎びて採るものなのかとその時思った。

そこでは観光客に葡萄酒を試飲させたりボトルも売っていた。すでに先についていた中国人の一行が試飲していた。前の日の晩バルパライソ行のツアーを予約したがヴァンに乗り込んだ7人は皆ブラジル人だった。私たちも試飲しようとしてひょいと横を見ると壁にボトルの値段そして試飲の値段まで書いてあった。ブラジル人同士でぼそぼそ「この試飲のお金でブラジルではボトル一本来るよ」などと話している。結局私たち一行はだれも試飲しなかったが中国人の一行は12本詰めを3箱車に積んでいた。中国の経済力の伸びはここまで来ているのかと感心した。
ブラジルで一番出回っている輸入葡萄酒はチリ産である。値段も手ごろでよく売れているようだ。私もよく買う。

この中国人の一行とはもう一度バルパライソのレストランで出会った。妻と一緒に夕食にレストランに入るとすでに彼らが食事中。ここでは大きなカニが名物料理だと聞いていた。彼らのテーブルにはどんどん大きなカニの皿が運ばれていく。では私たちもとメニューを見たら大きなカニはあまりにも高すぎたので中の上の方を頼んだ。
カニ料理に葡萄酒と夕食をたしなんでいると流しの楽団が中国人一行のテーブルを囲み「Cielito Lindo」を演奏している。終わるとかなりの札が手わたされたように見えた。そしてその楽団一行遠く離れた私たちのテーブルにまっすぐに来たかと思うと「あなたたちも私たちの演奏を聞いただろうかねをください」冗談じゃない、私たちも彼らと同じ金持ちだと思ってせびりに来たのか。他の人達はどうなのだ、馬鹿にするな。「いや、周りはうるさいし私たちは食べ物に夢中で何も聞かなかったよ」と言うと彼らは去って行った。

2015年1月12日月曜日

最後の鯉

我が家最後の鯉

今朝、池の横を通っていたら鯉が死んでいたと妻が抱えてきたので写真を撮っておこうということになった。しかもこれは我が家で育った最後の鯉となった。

今は池となってしまったが初めは孫のために小さい子供用のプールを約10年ほど前に作ったが待望の孫はなかなか現れず結局は池となり魚たちが住みつている。小さい魚や金魚、そして大はこの鯉までがハスやその他の水草などで浄化された水によるエコシステムの中で平和に暮らしている。

鯉は近くの養魚店からオスとメスを買ってきてそれからこの池の中で約10匹までに増えた。しかし大きくなったオスの鯉たちは繁殖期になると宙返りを繰り返しほとんどが最後には池の外に落ち致命傷を負って死んでいった。写真のこの鯉は老衰だった。体長は約70センチ、よく育ったものだ。庭に丁重に弔ってやった。

2015年1月1日木曜日

2015年 明けましておめでとうございます !!!


新しい年になると昨日とは違った気分になるのは不思議だ。まあ、頭を切り替えるはこの複雑な世の中で精神衛生的にも良い。
歳を取って新しい年の目標なんてものはない。ただ健康に気を付けるだけだ。子供たちもようやく独り立ち、いや二人立ちが安定してきたので私たちも自分のことを少しは考えることができるように(書いているうちに)???となった。そうだ、まだ小さい孫娘と今年82歳になる姑がいる。

今日は私の71歳の誕生日。リオに住む息子夫婦が今でないと一年間来れないかもしれないからと5日間の休みを取ったと来ている。去年の新婚旅行のスペイン、オーストリア、デンマークでの写真をテレビの大画面で見た。デンマークではアンデルセンの生まれた町で偶然にもフェスティバルがあり皆から親切にされたそうで航空会社のマイレージがあるので今年も行くと言っている。


また今日は大統領および州知事の就任式がありテレビでその模様を報じていた。これからの4年間醜聞のない政治をしてもらいたい。