2008年5月22日木曜日

二つの「故郷(ふるさと)」の歌

私には忘れられない「故郷」の歌が二つある。一つはブラジルに来る時アフリカ丸の船上で赤道祭の終わりに皆で歌った涙の大合唱のあの「うさぎおいし・・・・」で始まる誰もが知っている文部省唱歌の「故郷」。いつ帰れるかわからない故郷への思いとまだ見ぬブラジルへの不安が交錯しての荘厳とも言える涙の大合唱となった。いまでも光景が焼きついている。

もう一つは慣れないブラジル生活で味わった失意や絶望を乗り越え進学の夢が断ち切れず、自分たちの土地を買い家の状態が落ち着いた移住10年後、高卒認定試験をパスしサンパウロ大学の工学部に入った。それでも週末には消毒、収穫、荷づめの手助けにとビリチーバ・ミリンの家に帰っていた頃小高い家の窓から土地を眺めていてモジの日本語のラジオ放送から耳に入ってきた五木ひろしの「まつりもちかいと・・・・」で始まる「故郷」の歌。その時「ああ、ここが僕の故郷になったんだなあー」としみじみ思ったこと。その時の光景今も忘れていない。

大学生活ではいつもジーパンをはいていた。うまくブラジル語を操れない私をみんな快く受け入れてくれた。初めて参加した去年の同窓会でも同じように感じた。ブラジルは州立、国立大学は授業料をとらない。日系の多くもその恩恵をうけた。私は大学を卒業する前に帰化した。ブラジルに世話になったと思ったからだ。当時兄弟四人とも大学に通っていて皆帰化した。帰化の証明書を受け取る簡単な式のその席上、証明書を手渡す判事のあいさつがあった。「君たちが本当のブラジル人といえる。それは君たちが自分の意思でこの国を選んだからだ。私たちはたまたまこの国に生まれてきたにすぎない」感動した。彼の席上での決まり文句かも知れないが。式の終わりにブラジル国歌の斉唱。これが長い。一番でも満足に歌えればそれこそ大満足。当時は一所懸命二番まで覚えたのだが今では一番でもやっと人の後について歌っている。日本の「君が代」は短くて羨ましい。
今年の日本移民百年祭には日本からはるばる五木ひろしが来て歌うようになっている。生で「故郷」の歌を聴きたいものだ。

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