2010年11月25日木曜日

雑学迷博士お呼びなし

「雑学迷博士」とは私がうちの長男に付けたニックネームである。これは当人も知らず私と妻とがたまに使ってきたものである。彼は小さい時から本好きでなかなか家の外には出ないので何かちょっと悪いことをしたと私達が判断した時(たいてい弟とのけんかの両成敗)は外で遊んでこいというのがおしおきで、それでもすぐに入っていいかと聞きに来るしまつ。そしてその後すぐに母親に手紙を書いて渡す。「自分はなにも悪くない。悪いのは弟で自分は不当に罰せられた」と。7,8歳頃のことである。
学校の宿題でいろいろ調べることがあるので百科事典を買ってほしいと言ってきたので後々まで使えるようにとブリタニカ百科事典を無理して買った。ところが学校の宿題とは関係なくいつもみている。特にナポレオンに感銘し彼のことならなんでも知っていた。私たちも面白半分に試してみたが全部当たる。その事典あまり使いすぎて表紙の金色の字が見えなくなってしまったので私と妻とで表紙を付け替えマジックインクで書き直すはめとなった。ナポレオンから発展し彼はついにフランスファンへと。ブラジルとフランスとのサッカー試合でフランスが負けて泣いたのはブラジル広と言えでも彼だけだったのではないか。やがてフランス学院でフランス語を学ぶ。しかし皮肉にも彼のフランス熱が冷めたのはフランスに旅行してからのことだった。どうやら思ったほどやさしくされなかったらしい。それからはワールドカップでブラジルがフランスに負けるとじだんだ踏んで悔しがる普通のブラジル人となった。
彼の知識の領域は広い。たとえば1954年のハンガリーのワールドカップのメンバーはと聞くとすらすら出てくる。色々なことの裏話まで知っている。私と末の息子と議論して食い違いが出てくると「それではリオの長男に電話して解決しよう」ということになっていた。しかし時々詳細で微妙な日付の疑問などが出てきて「えーと、あれは8月9日だったかな9月8日だったかな?」という迷い、それで名博士ならぬ迷博士となったわけである。
しかし今はインターネット時代。手軽に色々なことを詳しく調べることができる。かくして我が家の雑学迷博士にお呼びがかからなくなった次第である。
彼、おそらく今頃仕事先の病院でさかんにくしゃみをしていることだろう。

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