2011年4月28日木曜日

人生を狂わした一言

これはリオに住む息子のアパートのリフォームに私達が行っていた時の話です。
このアパートと言う言葉は日本で一度妻が使って誤解された経験があります。彼女近くの八百屋さんで買い物をして届けてもらうようにして帰って来ました。いっときしてドアをたたく音がしたので開けると八百屋さん「奥さん、ひどいじゃないですか、アパートじゃなくてマンションじゃないですか、すぐ裏のとおりのアパートだとおっしゃたので探すのに手間取りましたよ。それじゃここに置いときますよ。」
マンションというのはこちらの言葉では大邸宅という意味でとても「マンションに住んでいます」とは言えなかったと後で私にもらしました。
ある日リフォームに雇っていた左官屋さんの助手が来なかったので妻がごみを捨てる役をかってでました。リフォームも最後の日でごみも多く妻が忙しくビルの外にゴミ袋を運んでいて疲れ、ちょっと一休みしようとビルのエレベータの脇のベンチに腰掛けようとしたとき、老婦人が腰掛けているのに気がつきました。彼女の横には胴の長いソーセージ犬が寝そべっています。
「ああ、今日は私にとって犬の日だわ(大変な日という意味)」そして犬に向かって「お前の暮らしは大変だと人は言うけど私よりはよっぽど良い暮らしをしているのよ、お前はそれを知らないだろうけど」
すると老婦人「そうね、、、私は女王様の暮らしがあったのに気がつかなかったの。」とぽつりと言って自分の身の上話を始めた。
私は若いときそれはそれは美しかった。あるクラブのミスに選ばれそこで知り合った上流社会の青年と結婚した。コパカバナの広い邸宅に住みどこに行くにもお金など持たなくても主人の名前と住所を言えば宝石でも何でもすぐ届けてもらえた。10年過ぎても子供ができずにいた私にある日主人がヨーロッパから輸入した犬をプレゼントしてくれた。そして獣医が朝と夕方その犬の世話に来ることになった。獣医だということでコーヒーやケーキをだしたりして私は普通の使用人とは違う応対をしていた。。それを彼は私が好意を持っていると勘違いし始めある日ついに超えてはいけない線を越えてしまった。その後妊娠していることに気付きうれしくてうれしくて主人に報告すると彼は急に悲しそうな顔をして「自分には子種はない。何ということをしてくれたのだ。本当のことを言ってくれ、君は子供が欲しかったんだね。なっ、そうだろう。すべて子供の為にした行為だよね。」と私の肩をつかまえ念を押すように言った。不意をつかれた私は彼に許してもらいたいばかりに「いいえ、あなたのためなら子供なんていらないわ。明日にでも堕ろしていいのよ」と泣き叫んでいた。それを聞いた主人は「ああ、これでもうお仕舞いだね。その子供は絶対大事に育ててくれ。そして僕の名を継がせる。だけど君はもう二度と僕の前に姿を現さないでくれ」
私は彼が用意した女中つきのアパートに移ることになった。獣医にその事を伝えたが「大人同士の付き合いだったはずです。自分には家族がいます。」との答え。その直後彼は誰にも知れずどこかに引っ越した。それから二年後主人は亡くなった。葬儀には行かなかったけれど埋葬のときそっと身を潜めて離れたところに立っていたら私の同級生だった彼の妹が目ざとく私を見つけて「この人殺し。あなたが兄を殺したのよ。」と言ってきた。「兄はどれだけあなたと子供と家族になりたいと願ったことか。毎日毎日あなたが子供を抱いて許しを請いに来ないかと夜も眠れず食事も取れず待っていたのよ。とうとう生きる気力もなくし一人淋しくあの世に旅だったわ。生きているうちになぜこうやって訪ねてきてくれなかったの」と責めた。「私は二度と僕の前に姿を見せるなと言われたのでせめてものそれがつぐないだと思って行かなかったの。そういえば後で思い起こせばあの時必死にそれは子供のためにした行為だよねとなんども私にそう言わせようと促していた。私がそうですと答えていれば私達の人生は変わっていたはず。今思えば私が選んだたった一言が三人の人生を狂わしたのね」
生まれた息子は主人の子として育てられ遺産を継いだ。しかし物心ついた頃から私を避けるようになり「あなたが生きている限り私の心に安らぎはない。あなたを見るたびに私は憎しみと屈辱感にうちひしがれる。あなたがこの世から消える日に僕は普通の人間として生きることができる」と言った。
「孫は三人いるが私が恐ろしい伝染病にかかっているかのように近づかない。」語りながら涙にむせる彼女に妻「今のあなたには息子と三人の孫がいる。女性として他にまだ何を望みますか?」「私はまだ教会に入る勇気がない。でも毎日神様が迎えに来るのを祈っている。そして今度こそ本当に彼に許してもらいたい。しかし待つ身はつらい。もう八十六になって別に身体もわるいところもない。息子のほうが成人病に掛かっているのでそれが心配なの。」
なんの収入も蓄えもない彼女のところに月に一度息子が一か月分の食料を放り込んで逃げるように帰って行くと話していた。

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