ロンドンから帰ってきてクリチーバに住む娘のところへ電話した。「ロンドンは良かった?」「ああ、良かったよ」「しかしあのブログに書いていた地図と磁気コンパスって何かのジョーク?今はケータイとGPSの時代でしょう。新しいテクノロジーにすぐ飛びつくパパが?」「いや、あれ本当だよ。助かったよ。」「パパが?」娘はまだ疑っているようす。「あっ、それからロンドンの三越でお前に日本語の本を買ってきたよ。」「えっ、ロンドンで?」また疑っている。
実際にGPS機能が付いているケータイ(携帯)は持っているがまだ使ったことがない。考えてみるとここ2,3年車で遠出をしたことがない。自分の家から半径60km以内の所をうろうろしている。わからない所は行く前に確認すれば迷わずに着く。近所の知合いの家の息子、サンパウロで結婚し親の近くに引越してきた。息子の母親,身体の調子が悪く医者通い。家のものは忙しくて手が離せない。つい嫁さんに頼む。彼女軽く引き受けて「大丈夫、GPSがあるからまかせておいて」といって医者や病院へ迷わずに連れて行く。そこの娘たちより道は良く知っているようになった。便利なものをうまく使いこなすものだと感心していた。年を重ねると新しいものに順応する能力が徐々に減ってくる。ますます小さくなって多機能搭載、手先がいうことをきかない。そこで大きな地図と磁気コンパスとなるわけだ。しかし森で道に迷うとか通信パニックが起きたりすれば我々のほうが有利だなと自分を納得させている今日この頃である。
2011年6月26日日曜日
サントス・フットボール・クラブ 48年ぶりの快挙
22日の水曜日は南米クラブ選手権でサントスがウルグアイのペニャロルを2対1で破り48年ぶり南米のチャンピオンとして今年の12月に開かれる世界クラブ選手権に出場することとなった。これはサッカーの王様ペレーを中心に名選手をそろえた全盛期時代のサントスが1962年および1963年に南米チャンピオンそして世界チャンピオンとなって以来のことである。私個人の感覚ではサントスはいいところまで行った年が何回かあったような気がしたのでもっとチャンピオン回数があったと思っていて意外だった。ペレーは1969年に1000ゴールを達成し1974年までサントスの選手だった。
当日はペレーも顔を見せ、勝った瞬間には周りの者、そして選手たちと抱き合い、ついにはサントスの監督の手をとり二人で競技場の真ん中まで駆けて行きファンに感謝の手を振っていた。
今サントスは新しい黄金時代を迎えている。サンパウロ州選手権では去年と今年チャンピオン。この快進撃の原動力となっているのが19歳のNeymar。髪はモヒカン刈り。スピードそしてボールさばきで敵陣を突破してのゴール。サントスの3選手は南米選手権決勝戦のあと来月からアルゼンチンで始まるアメリカカップに参加すべくナショナルチームと合流するために発った。アルゼンチンのメッシとブラジルのネイマール。アメリカカップ、そして12月の世界クラブ選手権二人の対決に目が離せない。
当日はペレーも顔を見せ、勝った瞬間には周りの者、そして選手たちと抱き合い、ついにはサントスの監督の手をとり二人で競技場の真ん中まで駆けて行きファンに感謝の手を振っていた。
今サントスは新しい黄金時代を迎えている。サンパウロ州選手権では去年と今年チャンピオン。この快進撃の原動力となっているのが19歳のNeymar。髪はモヒカン刈り。スピードそしてボールさばきで敵陣を突破してのゴール。サントスの3選手は南米選手権決勝戦のあと来月からアルゼンチンで始まるアメリカカップに参加すべくナショナルチームと合流するために発った。アルゼンチンのメッシとブラジルのネイマール。アメリカカップ、そして12月の世界クラブ選手権二人の対決に目が離せない。
2011年6月24日金曜日
ロンドンーヴィトリア、11日目、6月20日、我が家
ロンドンを朝早くたちリスボン、リオと乗り継ぎ夜の8時過ぎ我が家に到着。やはりなんといっても我が家が一番いい。今回は期限切れ寸前のマイレージのただの切符を使っての旅行で体の調子との相談で無理のないスケジュールでロンドンだけに絞り十日の滞在となった。全部約三が月ほど前の予約だったが全てうまくいった。ブラジルで買ったEurostar のきっぷまで。
ヘルニアと相談しての休み休みの見て周り。明日は無理かなと思っていても翌日はまた元気がでる。困るのは急ぐのに少し小走りをしなくてはいけない時。特にリスボンでの乗り継ぎ、一時間しかなく飛行機が遅れて着く。しかもナガーイ廊下。小走りに行ってもう乗り込み中の列にはいる。無理せざるをえないがどうにか持ちこたえた。自分の体に感謝したい。この頃は医者の言うことより自分の体に相談して決めている。自分の体は自分が一番良く知っていると信じているところからきている。しかしこれも限度があろう。医者との診察の日を決めねばなるまい。
ロンドン旅行中の写真は www.saheki.com に載せてある。
ヘルニアと相談しての休み休みの見て周り。明日は無理かなと思っていても翌日はまた元気がでる。困るのは急ぐのに少し小走りをしなくてはいけない時。特にリスボンでの乗り継ぎ、一時間しかなく飛行機が遅れて着く。しかもナガーイ廊下。小走りに行ってもう乗り込み中の列にはいる。無理せざるをえないがどうにか持ちこたえた。自分の体に感謝したい。この頃は医者の言うことより自分の体に相談して決めている。自分の体は自分が一番良く知っていると信じているところからきている。しかしこれも限度があろう。医者との診察の日を決めねばなるまい。
ロンドン旅行中の写真は www.saheki.com に載せてある。
ロンドン、十日目、6月19日、バッキンガム宮殿
昨日の買い物コースはあまりゴタゴタして落ち着かなかったのでもう一つのスポット
Covert Garden に行くことにした。また人込みの中だがそれでも騒がしくない。ここはあちこちでパーフォーマンスもあって面白い。夫婦でレストランでオペラを演じているもの、野外で楽器を弾いているもの、コメディをやっているもの、楽しめる。
私の持ち歩いている青いバッグ、これはネットブックが入るというだけで持って来たのだがくたびれているのでここで良いのを見つけて買い求めた。孫恵美にちょうどいい服もあった。このあたりはRoyal Opera House が横にありミュージカル劇場も沢山見かけた。テームズ川をもう一度見ようと道を下っているとCharles Dickens の家を見つけた。さらに下ってテームズ川、ロンドン・アイが真横から見える。この辺はEmbarkment といって観光船や船バスなども沢山でている。やがて木々の緑のあいだからBig Ben あの喧騒の中から見たのとは別のおもむき。Westminster Abbey の前へ、そうだ、ここまで来たのならバッキンガム宮殿まで行こう。エリザベス女王の誕生パレードを見たから十分だと思っていたがやはりロンドンに来てバッキンガム宮殿に行かないてはない。公園を斜めに行くと宮殿前の大通りThe Mall にでる。道の真ん中を歩いて宮殿へ。宮殿前の噴水にも大勢の人。それでもゆっくりと見て回れた。
女王様、お別れの挨拶にきました。ロンドンよありがとう。
今回、ロンドンでは他の国と比べて(私たちの限られた経験からだが)人の温かさを感じた。こちらを信用してくれているので気持ちも安らぐ。これがロンドンの魅力なんだと納得した。
ロンドン、九日目、6月18日、Camden Town
今日は観光スポットめぐりは止めて買い物でもしようと決めた。以前調べておいたここから近いCamden Town に行こう。駅を降りるとまだ早いのか人通りも少なく店も今開けているところだ。とにかくマーケットのあるところまで行ってみることにした。川があり遊覧船が浮かんでいる。舟は十時半に出て1時間半で戻ってくるという。ちょうどいいタイミングだ乗ってみよう。かなり乗り込んできた。初めに水がせき止められている狭い舟一隻しかはいらないところに来て止まった。すると後ろの門が閉まり水かさが増してくる。うえの門の水位と同じになると門が開き舟は進む。なるほどパナマ運河形式か。しかしここは皆手動。ガイドの女性が降りて取っ手をつかんで開け閉め、大変だ。やがて舟は運河に入る。沢山の舟が運河沿いに止めてある。屋根に野菜を植えた鉢が置いてあったり自転車がのっていたりデッキ・チェアーが並んでいたり皆ここに住んでいるのだ。左はRegent Park 、動物園の入り口もある、こちらからでも入れるようになっている。途中に赤い色の中国レストランがある。やがてLittle Veniceに着きそこの池でUターン。運河の脇は大きな柳が多い。散歩したりジョッギングしたりそんな人達と手を振り合う。やがて戻ってきてさっきとは逆のプロセスで舟は下の水位へと推移し岸につながれた。行きは晴れていたが帰りは雨が降り出しまだ降っている。今まで我慢したが堪忍袋の緒が切れた仕方ない折りたたみ傘を一本買ってしまった。
マーケットに戻るとすごい人の波。一緒に流れて店の中に入ったりする。ここはヒッピー市か?サンパウロやリオにもこんな所はあるがもうすこしスペースがある。食べ物の屋台が並んでいるところに来た。色々な国の食べ物、結局スペインのValencia Paella と中国の焼きそば(?)にした。骨董品なども売っているがあまり気を引かれるものが無く他のところへ行こうということなりそこをでて買い物街のOxford Streetにいくことにした。ほかの人達も同じことを言ってメトロに乗り込んでいた。
ここも人が多い。いつもこうなのだろうか。名の知れたデパートが立ち並びユニクロもある。色々見て回っているうちにまた黒い雨雲が上空に、パラパラときだすと今まで道路一杯の人達が吸い込まれるようにメトロの駅へなだれこんだ。
2011年6月17日金曜日
ロンドン、八日目、City
今日は昨日と入れ替え、ロンドンの City を訪ねることにした。City といってもロンドン市のことではない。ロンドンの心臓部およそ一マイル平方の所で、ロンドン市が始まったところらしく現在はイングランド銀行などがある金融街となっている。
まず目指すはセントポール大聖堂。またオーディオ・ガイド。建設の歴史などが耳から流れてくる。上を見上げるとドームに描かれている絵がすごい。こういう所に入ると自分の小ささに気づき謙虚な気持ちになる。この大聖堂でCharles 皇太子とDiana妃の結婚式が執り行われた。鐘楼の近くまで登れるという。何百段あるかは忘れたがチャレンジしてみることにした。マイペースでとの妻の助言。ゆっくりと狭い階段を登る。最初にドームのところに着く。高さ30mそしてドームの直径は31m。ここはささやきの回廊と呼ばれている。反対側の人のささやきが聞こえるからだそうだ。妻がドームの反対側にまわってこちらに向かってなにか言っている。ちょっと場所をかえ正反対と思われるところで試すと妻の言っているのが聞き取れる。私の方からも言ってみた。手を上げた。聞こえたようだ。音が反射して聞こえるように設計してあるらしい。そこからはドームの外側を伝って登り高さ53mほどのところに出る。外に出ると目の前にテームズ川そしてロンドンがみわたせる。テームズ川をはさんで真正面にはこの後行く予定のTate Modern 美術館の威容が。それを結ぶMillennium橋。
大聖堂の階段を下りているうちに降り出したのか又雨だ。しかし先ほどは遠くまで見渡せたのに。まったくロンドンの天気はわからない。小走りに橋を渡ったが美術館に着いたときは少し濡れていたのでまずは体をあっためようと7階にあるレストランへと向かう。テームズ川側は全部ガラスになっていて見晴らしがいい。ここは美術館のレストランにしては雰囲気がいい。サーモンの燻製と野菜のクリームあえの前菜と羊の肉を頼んだ、柔らかくとてもよかった。飲み物はばらのつぼみのお茶とリストにGooseberryなるものをみつけたのでそれを頼んだ。妻はTamarindo の味に似ているといった。食後は上から下に階を降りながら絵を鑑賞。
美術館を出るとすぐ横にShakuspeare劇場が。一応中をのぞいてまた雨が降りそうでそれに遅くなりそうなので家路につく。
2011年6月16日木曜日
ロンドン、七日目、大英博物館
朝目をさますと雨が降っている。少し風もあるようで窓を開けると外は寒い。そのうち止むだろう。しかし朝食を終わって少し待っていてもまだ同じ。明日に予定していた大英博物館の見学を今日にするか。雨が降っていてちょうどいいあのタクシーをつかもう。黒い特徴のあるモデルのタクシーがどんどん通る。手をあげても止まらない。さすが今日はロンドンっ子もタクシーということか。やっと止まって乗り込む。中は思ったより広い。座席が後ろのほう。運転席の後ろのほうに補助席が二つ倒せるようになっていて向き合って5人は座れる。それでもゆっくり荷物が載せれそうだ。
イギリスの誇る大英博物館へ。なにか入り口のほうがごったがえしている。全ての観光客どうやら私と同じ考えを持ったらしい。正面ホールは広くて高い。受付、ショップ、軽食もとれる。やはりオーディオ・ガイド、これなしでは過ごせない。まず指示に従って古代、それも石器時代から。やがてエジプト、アッシリアとすごい歴史の勉強だ。ナポレオンがエジプト遠征の際持ち帰ったロゼット・ストーンがあった。エジプト語とギリシャ語で書かれてあったためそれを解読することによってそれまで謎だったエジプト文明が解き明かされた。上の写真はギリシャのパルテノン神殿の上部の方に飾られていたもので後ろは壁であったため当時の人さえこの後ろの詳細は見ていない。ギリシャ神話に基づく彫像もかなりあった。大英帝国の影響力を思い知らされるいろいろな国からの収集物。歴史の中を歩く。
軽い昼食をして時計と館内地図とを見合わせる。まだ半分も見ていないし時間もそんなにない。二階のエジプトのミイラは時間をかけたが後の近代までの装飾品の展示などは見て通るだけとなった。それからまた下の方に行くと日本、韓国、中国のコーナーもあった。
今回の旅行の目的の一つでもあり一度は見ておきたいと思っていた大英博物館。古代文明は素晴らしかった。
館を出た時は雨も止んでいたので歩いて帰ることにした。地図と磁気コンパス、一度も迷わずに一番近いルートで帰り着くことができた。所要時間約20分。
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